2010-09-01から1ヶ月間の記事一覧

あいさつ指南書  6

丸谷才一さんの「あいさつ指南書」三冊を、手近においてながめております。 掲載されている一番古いものは、先日に引用した野坂昭如さんの媒酌人あいさつで、 1962年のものですが、一番新しいのは2010年のものとなります。 それでは一番多く登場するのはとい…

あいさつ指南書  5

丸谷才一さんの「あいさつ指南」の本を話題としていますが、昨日は旧制高校で一緒の 百目鬼恭三郎さんのことを話題としたのですが、百目鬼さんの告別式で弔辞を読んでいる のであれば、百目鬼さんともつながりのある批評家 篠田一士さんについても、丸谷さん…

あいさつ指南書 4

丸谷才一さんの「あいさつ指南」の本から、旧制新潟高校に関係する人へのあいさつを とりだしています。丸谷さんに近しい存在の文学関係者で旧制新潟高校といえば、 百目鬼 恭三郎(どうめき きょうざぶろう、1926年2月8日 - 1991年3月31日)さんの ことが、…

あいさつ指南書 3

昨日は丸谷才一さんの旧制高校での担任となる植村清二さんにかかわるところを紹介 しました。丸谷才一さんが旧制一高とか二高でないのは、ちょっと意外な感じがいたし ますが、それなりに理由があるのでしょう。旧制中学から旧制高校へと進学する時には 受験…

あいさつ指南書 2

昨日に丸谷才一さんの新刊「あいさつは一仕事」を話題にしてから、過去に刊行のもの を取り出してきました。当方は整理が悪いので、苦戦するだろうと思っていましたら、 わりと簡単に有り場所がわかりました。 一冊目の「挨拶はむづかしい」85年刊 の帯には…

あいさつ指南書

パーティなどであいさつを聞く機会はたいへん多いのですが、上手なあいさつというの にはめったに出会わないものです。ほんとうに「挨拶は難しい」であります。 仕事で組織トップが読むあいさつの下書きを作成することがありましたが、その場の 雰囲気がつか…

関西で購入した本

今回の旅行では、駆け足で古本屋さんを何軒かめぐってきました。新刊を扱う書店 には、結局いかずじまいでありまして、これまでの旅行では考えられないことです。 京都に足を運んで三月書房に立ち寄らなかったこと、BALビルまでいってジュンク堂に 寄らなか…

鉄分補給の旅 4

本日の午後まで関西におりましたが、夕方の便にのりますと、3時間程で自宅に たどりつきました。 往路は遊びにいくのでありますので時間がかかっても許せますが、帰りは仕事気分 のようなものですから、すこしでも早くに切り上げたいということでしょうか。…

鉄分補給の旅 3

今回の旅は、鉄分補給の旅と思っておりましたが、旅にでても古本屋めぐりで ありまして、思いもかけない不思議な出会いに、常ならぬものを感じました。 今回の旅に出る前まで、「SUMUS」林哲夫さんのことから出版社EDIのことを話題と しておりました。 20日…

鉄分補給の旅 2

本日に立ち寄った古本屋さんでも「鉄分補給」です。鉄道に関する本というのは、 本当に多くて、それだけ愛好家が多いということがわかります。 本日の一冊は、次のものです。( 本日のネット環境ではアマゾンの書籍紹介 ページへといくことができないようで…

鉄分補給の旅

今回の旅の目的は「鉄分の補給」であります。鉄分が不足しているならレバーでも 食すればよろしいといわれそうでありますが、その鉄分ではありませぬ。 「鉄ちゃん」とよばれる人々がいうところの「鉄分」であります。 その昔といっても、今からたかだか40年…

EDIの本 11

回り道と寄り道をして、林哲夫さんが第3期「舢板」第4号「保昌正夫追悼特集」に 寄せた文章「さらば、父たち」にたどりつきました。 この特集を掲載した号は、例外的に早くに品切となったということですから、これの 表紙を、再度掲げることにいたしましょ…

EDIの本 10

EDIの本ということで、松本八郎さんが刊行していた「舢板」という雑誌について 話題にしていましたが、昨日分において記した松本八郎さんの文章で「武蔵野美術 大学」にたどり着きました。このEDIの本のスタートの時に、「林哲夫さんと松本 八郎さん」は武蔵…

EDIの本 9

第二期「舢板」は、何号まででたのでしょうか。先日にでてきたのは第10号で 2000年8月刊行でした。 これからまもなく、第三期の企画が動き出すようです。第三期の最初は2002年 3月刊行とありますが、これまで松本八郎さんの個人誌であった「舢板」は、こ…

EDIの本 8

EDIの松本八郎さんは、もともとはエディトリアルデザインが専門でありますが、 83年にリトルマガジンの「舢板」(「サンパン」)を定期刊行することによって、 ミニ出版社としてスタートし、昨日に引用したように、2000年にはデザイン事務所 の出版部門を独…

EDIの本 7

「舢板」(サンパン)は、昨日に画像を掲載した第二期のものが、一番、松本さん のセンスが生きているように思います。 第一期刊行の時に、松本さんが記した「半裁の紙に刷り放し、A5判に折っただけの 体裁のものを考えておりました。印刷も簡易オフセットの…

EDIの本 6

第1期「舢板」が休刊を余儀なくされてから、12年たって、不死鳥のごとく「舢板」 は復活して、12年ぶりに第2期の刊行開始となります。 たぶん、苦節12年でありまして、この期間で、苦しい台所を改善して、再度取り組むこ とができるようになったものと思わ…

EDIの本 5

昨日に続き、 第1期「舢板」(サンパン)の目次を引用です。清風第五号 1984年「春」 金逹寿 日本の中の朝鮮文化 「 万葉集と古代朝鮮語 」 渋川驍 わが著書を語る「平林たい子文学賞受賞長編小説『出港』」 樋口敬二 連載 科学エッセイ 好きな本の周辺 5 …

EDIの本 4

昨日にエディトリアルデザイン研究所からでていた第1期「舢板」(サンパン)の 内容紹介ちらしを掲載してみましたが、やはりこれを判読することはできないようで あります。当方は、この「舢板」は創刊号くらいしかもっていないのですが、これ からでてくる…

EDIの本 3

1983年4月刊の雑誌「舢板」(サンパン)の1期は、ほぼ季刊で翌年秋まで7册が 刊行されました。当方は、7冊のうちでは昨日に書影をかかげた創刊号しかもって いないはずです。 創刊号には、表紙裏に誌名のいわれがかかれています。 「『舢板』とは、中国や…

EDIの本 2

EDIというのは、エディトリアルデザイン研究所の略でありますが、ここが出版に 取り組んだのは、1983年のことです。 雑誌「サンパン」を創刊するのですが、正式な名称は漢字で「舢板」でありまして、 すぐに文字化けしそうな誌名をつけた新雑誌の前途は、多…

EDIの本

林哲夫さんが新聞に連載している「本のある風景」を見ているうちに、手が 伸びて「少々自慢 この一冊」をつかんでおりました。たしか、このなかに 「sumus」メンバーの文章がのっていたと思って手にしたのですが、開いて みましたら、「本のある風景」という…

ちくま 9月号 3

ちくま9月号ということで、「ちくま」の表紙絵を描いている林哲夫さんのことを 話題にしていましたら、以心伝心でありますね。本日の林哲夫さんのブログに 「林哲夫新作油彩画・ちくま表紙画展」告知がありました。 ( http://sumus.exblog.jp/13951280/ )…

ちくま 9月号 2

昨日に「ちくま」9月号の阪急電車内で「本を読む人」についてを話題にしましたら、 思いがけずで「本を読む人」の作者 林哲夫さんと、「仙台が親戚」さんから、モデルの 女性が手にしていた本についての種明かしと、最近の阪急電車の車内観察の報告をいた …

ちくま 9月号

最近の「ちくま」表紙の表と裏は、林哲夫さんによるものです。 表紙絵は、林さんの「読む人」シリーズからですが、毎月の表紙は林哲夫さんの ブログページに掲載されています。9月号は、阪急線でみかけた女性の読書する 様子をスケッチしたものです。( htt…

2010 夏の読書 6

木田元さんの「私の読書遍歴」を読んでいましたら、「友人たち」というくくり で、中央大学に職を得てから親しくなった「生松敬三」さんと、彼と一緒に酒を呑み にいって知り合ったのみ仲間ということで、小野二郎さんが登場します。 「小野二郎は、明治大学…

2010 夏の読書 5

木田元さんの「私の読書遍歴」を読んでいました。木田さんには、「闇屋になりそこ ねた哲学者」なんてのもあって、いろいろとわけありの経歴のようで、これはどうして かと思っていたのですが、そのへんの事情がよくわかりました。私の読書遍歴――猿飛佐助か…

2010 夏の読書 4

あまり暑いと本を読もうなんていう気分にもならないかもしれませんですね。 夏の読書の代表というのは、長編小説でしょうが、汗をかきながら長編を読むと いうのは、昔の若い人たちの話しであるかもしれません。 そうした若い人もとしをとると、すっかりもの…

2010 夏の読書 3

昨日は、夏の読書という話題から脱線して、今はない「ブックス栄松堂目黒店」 のことを思い出しておりましたが、麹町「山王書房」というのは、いつ頃まで あったのかと検索をかけてみました。 どちらかというと古本好きの方々にお立寄いただくことが多い、拙…

2010 夏の読書 2

今年の夏に読んでいる本でありますが、本日の文庫本二冊は、7月に東京へといった 時に目黒駅ビルに入っている有隣堂で購入をしたものです。 目黒駅に降りたのは、白金にある庭園美術館に「有元利夫展」を見物のためであり ましたが、この駅は、今から20数年…