明日は入れ替え日で

 図書館から借りている本の半分ほどは、明日が返却期限をむかえます。

 あいかわらずで、借りるときに読みましょうぞと思っているのですが、いつ

もさっぱりであります。これが図書館本のありがたいことで、仮に読めなくと

も懐が痛むことはありません。

 明日は瀬戸内寂聴さんの「奇縁まんだら」を返してしまおうと思っていて、

気になる人についてのところを、もうすこしのぞいてみようかなと思うこと

です。

 当方の年代でありましたら、このシリーズで取り上げられている人のほとん

どは名前を聞いたことがあるのですが、今の若い人たちには、ほとんどなじみ

がないのでしょうね。

 本日に手にしていた「奇縁まんだら 終り」には、当方よりもすこし年長と

なるかっての有名人がお二人取り上げられています。「奇縁まんだら」は故人

を取り上げているものですから、どちらも早くになったのかと思いましたが、

お一人は48歳、もうひと方は65歳まで生きていたのだそうです。

 このお二人は、どちらも犯罪を犯して、どちらも死刑の判決が確定し、48歳

で亡くなった方は刑死で、もうひと方は病気のために死刑執行が猶予されて、

その間に病死したのだそうです。

 寂聴さんは、このどちらとも面会を重ね、手紙のやりとりをしていたとあり

ます。

 病気で亡くなった元死刑囚の女性については、次のように書いています。

「私は常に出家者寂聴の立場で彼女とつきあってきた。彼女の犯した罪に、

私も無縁ではないと思っていた。・・

 幸い私は出家者である。殺された人々をこれまで弔ってきたように、永田

さんの冥福も祈っていこう。」

 出家者というのは、こういう立場にたとうということなのですね。

文庫で文学か

 今月に刊行となった講談社文庫版の「瓦礫の死角」西村賢太さんを購入して

手にしてパラパラと見ていましたら、挟み込まれているはがきに気が付きました。

講談社文庫のキャンペーンの応募ハガキでありまして、それには次のように書かれ

ておりました。

講談社文庫の対象作品の帯にある応募券を切り取って、この応募はがきの添付

欄に応募券をのり等でしっかり貼って、お名前、郵便番号、ご住所、電話番号、

メールアドレスをお書き添えのうえ、63円分の切手を貼ってお送りください。」

 対象作品というのは、文学系のものだそうで、このキャンペーンは1月刊行のも

のから始まっているとのことです。

 帯の応募券三枚おくれば、もれなくブックカバーというのではなく、枚数に応じ

てA、B、C賞と用意されているようで、応募4枚のA賞は「群像」一年分で、3枚

のB賞は文庫カバーデザイン図書カード3枚、2枚で応募できるC賞は、しおりだ

そうです。

 この応募はがきには、9月までの対象作品一覧があるのですが、当方はこれまで

に、三作品を購入しているようで、あらためてその文庫に帯がついているかどうか

を確認してみることにです。なるほど、刊行順に次の三冊をみましたら、帯に券が

ついていました。

 これまでの三冊では「図書カード」に応募できるのですが、抽選で30名という

のは、いかにも狭き門であります。それでも、応募しなくてはあたらないでありま

すので、これまでの三冊で確保した応募券は、これに申し込みますか。

 そういえば、講談社文庫といえば4月刊行分からフィルムパックして出荷という

ことが話題になりましたが、当方の行きつけ書店では立ち見できる形でならんで

いました。これは書店が包装を外して販売しているということなのでしょうかね。

ありがたいアドバイス

 月曜日はパン作りの日でありますが、このところぶどうの酵母がうまくあが

らないので、今回はレーズンを仕込んでの酵母液つくりでありまして、一週間

ほど発酵させることにです。

 まずまず順調にできたと思い、昨晩に酵母液に強力粉を混ぜて、種を作った

のでありますが、これのあがりがよろしくないことです。これはパン作りをして

も苦戦必至であるなと、迷ったのですが、えいやっと2種類のパンを作ることに

です。あわせて粉が1.5キログラムくらいの粉を使うのでありまして、これが

うまく発酵しなければ、けっこう厳しいことになるのでした。

 案の定というか、残念ながら結果は悪いほうにいって、はるゆたかブレンド

割合が多いほうの種が、さっぱり上がらないことになってしまいました。これは

どうしようと、失敗した天然酵母種を再生するやり方はないのかと、検索してみ

ましたら、そういうときには、茹ででから焼きますとベーグルのようになると、

クックパッドにあるではないですか。写真もはいっていて、これはやってみない

理由はないなと、種を九つに切り分けてから、熱湯で茹でで、そののちオーブン

で焼いてみました。

 これがそこそこそれらしくなって、パンの型にいれて山型に焼くよりもずっと

美味しそうに出来あがりです。ありがたしアドバイスでありまして、この手が

あったかです。天然酵母の力が弱くとも、恐れることはないぞです。

 写真を見ましたら、なんとなくこのようなパンを作ったようにも見えることで

あり。

 本日はあれこれとやることの多い一日となりました。すこし図書館から借りて

いる本を読まなくてはと、瀬戸内寂聴さんの「奇縁まんだら 終り」を手にする

ことになりです。 

 瀬戸内さんが「奇縁まんだら」のシリーズで取りあげている方々は、ほぼ当方

も名前は知っている人でありますが、なかには初めて名前を知る人もいたりです。

 この最終巻でいきますと佐藤長というお名前の方は、まったく知らない人であ

りました。昭和53年まで京都大学教授としてチベット史を研究されていたのだ

そうです。立派な業績も残していらしゃるのですが、もちろん当方はチベット

には関心がありませんでした。

 瀬戸内さんと佐藤長さんとの接点は、瀬戸内さんが夫に従って北京で生活を

することになったとき、同じ宿舎に佐藤さんがお住まいになっていたとのことで、

佐藤夫妻は、瀬戸内さんが夫と子どもをおいて、出奔したあとも変わらずに付き

合いは続き、瀬戸内さんは佐藤長さんの臨終に立ち会うことになったとのことで

す。本当に、こういうのは奇縁でありますね。

 

 

朝に読書を

 本日の日中は土仕事をすることにしておりましたので、本を読むのは朝一番で

のこととなりました。朝4時頃に一度目が覚めましたので、それからふとんの中で

枕元においてある本を手にして読むことになりです。

 なんとかすこしでも読まなくてはと思っているティモシー・スナイダーの本で

ありますが、どのような形であっても最後までページをめくることにするぞとい

うことで、とにかく前に進めることにです。

 最近の状況を重ねあわせますと、ほんと既視感がありまして、つくづくと

このあたりの国の形は変わっても、状況は変わらないことに驚くことでありま

す。

 この本で取り上げられているのは、今から百年ほど前のことでありますから、

ロシア帝国からソビエトロシアになった頃で、ウクライナは独立国家ではない

のでありますね。このときは、ウクライナソビエトロシアとポーランドに挟

まれた地域となるのですが、そのどちらからも干渉されることになりです。

共産主義勢力はポーランド南東部を『西ウクライナ』と呼び、民族解放の名の

下に同地域のソビエトウクライナへの併合を叫んだ。彼らが喧伝したとおり、

ソ連では、当局が懐柔策としてウクライナ文化の庇護に努め、現地のポーランド

人地主層を弾圧していた。」

 ウクライナ民族が多く住んでいるポーランド南東部は、ウクライナと一つに

なるべきであるということで、ここに侵攻しようとするのですが、こうした

ことは、親ロシア勢力が多く住んでいるからということで、クリミアを併合した

ということと、まったく同じでありまして、なんとも時計の針が逆戻りしたよう

であります。

芸能人ではなくても

 その昔に「芸能人は歯が命」というコマーシャルがありましたです。別に

芸能人でなくとも、歯は大事であるなとつくづく思うのは還暦を過ぎてからで

ありましょうか。

 当方もご多分にもれずでありまして、このところは年を重ねるたびに口の中

が寂しくなることでありまして、今年に入ってからも数ヶ月前から歯が浮いて

きていて、硬いものを噛むことが難しくなっておりました。これは時間の問題

であるかと思う日々が続いていました。

 先日に瀬戸内寂聴さんの「奇縁まんだら 続の2」を手にしていましたら、

次のようなくだりを目にすることにです。

「あるパーティの席で、人ごみの中に久世光彦さんによく似た老人を見かけた。

久世さんのお父さんとか、伯父さんなのかなと首をかしげていたら、人々の間

を縫ってその人がこちらめがけて近づき、笑いかけた。

 『誰かわからなかったんだろ』」

 このように答えたのは、もちろん久世さんであったのですが、はてさて、どう

してわからなかったというと、それは「笑う久世さんの口の中に前歯がなかった」

からでありますね。

 それにしてもであります。このあと、瀬戸内さんは久世さんがどうして前歯を

欠いたままにして暮らしていたのかということを推測したりするのですが、久世

さんが亡くなったのは70歳でありましたので、60代後半には前歯を欠いてい

たのかと、すこしうれしくなることにです。

 先日の朝食の時に、食パンに入れてあるくるみをかじりましたら、いけなく

なっている歯にあたりまして、さらにひどいことになってしまいました。

そして今朝に起きてみましたら、その歯はさらにぐらぐらで、これはどうにも

気になってしょうがなしです。そんなわけで、朝食まえに自分でその歯をやっつ

けてしまうことにです。すこしはミシッという音はしましたが、ほとんど痛みを

覚えることもなしに抜け落ちてしまいました。これはめでたしなのでしょうか。

 そうしてから土曜ではありましたが、かかりつけの歯科医へといって処置を

してもらったのですが、ちょっと待ち時間があって、その時ルシアン・ベルリン

の文庫本に収録の短編を読むことにです。

 なにも考えずに持参したのですが、これが歯医者ネタの小説にあたりました。

「ドクターH.A.モイニハン」という作品です。

この小説では歯医者である主人公の祖父が、自分で作った入れ歯を装着するた

めに、残っている歯を全部、自分で抜くのでありますが、このシーンが壮絶で

あります。

「祖父はわたしの頭ごしにウィスキーの瓶をつかみ、らっぱ飲みし、べつの道

具をトレイから取った。そして残りの下の歯を鏡なしで抜きはじめた。木の根を

めりめり裂くような音だった。」

 この祖父は、いくつくらいなのでしょうね。自分が作った入れ歯に絶対の自

信があるために、問題のない歯を抜いてしまうのですから、もったいないこと

であります。

 

すこしピリッとしなくては

 このところ運動とか庭仕事とか、どちらかというと身体を動かすほうは、

まずまずできているのですが、本を読んだりするというのがまるで低調で

あります。

 そのためにすこし読みやすい小説などを図書館から借りて混ぜているの

ですが、軽いもの(西村賢太さんのもの、主に他人事と思って、読み飛ば

しています。)はそこそこ読めるものの、ちょっと面倒なものは、手には

してもページが進みません。ほんとまるで頭に入らないことです。

 これはいかんことで、頭に入らなくともページをめくって、ページと

ページの間に空気をいれなくてはです。

先日に地元紙を見ていましたら、ロバート・キャンベルさんが時局に関わる

ような文章を書いていて、そこに最近目にした文章として英文のタイトルが

埋め込まれていました。その文章の著者はティモシー・スナイダーさんであ

りまして、キャンベルさんもウクライナとロシアについてとなると、この方

のものを読むのだなと思いました。(その文章のタイトルがなんであった

かは失念で、後日にまた確認をしてみます。)

 当方が図書館から借りて、もうひと月以上となるのに10ページも読み進め

ることができていないのは、ティモシー・スナイダーの「秘密の戦争」であ

りまして、この週末は西村賢太さんはちょっと棚上げして、こちらの方を

できるだけ読むことにしようと思っております。

 なんといっても、1920年代以降の東ヨーロッパの歴史に不案内であるとこ

ろにもって、ウクライナ、ロシア、ポーランドと国をまたいで民族が生活をし

ていて、単民族国家であると思いこんでいる国に暮らしていると、いくつもの

民族が一つの国家を作るというのが、そもそも理解を超えることであります。

 これは過去の話についての本でありますが、根っこのところではまるで今

の話のようにも思えることでありまして、この時代に読むことは意味あるこ

とでありますね。

 

 

夜にトレーニングへ

 このところの新しい生活習慣、木曜の夜はいつもの施設へといって身体を動か

すことになりです。前回行ったのは月曜日でありましたので、このくらいの間隔

でやるのがいいのでありましょう。

 運動から戻ってきますと21時を大きくまわっていまして、それからシャワーを

浴びたり、着ていたものを洗濯すると、あっという間に休む時間になりです。

 本日もちびちびと読んでいるのは西村賢太さんの作品でありますが、同じ話題

ばかりというのもいかがかでありますので、本日は先日に購入した長田弘さんの

「私の好きな孤独」のなかからでも話題をもらうことにしましょう。

 今回文庫となったこの本は、最初にでたのは1999年だそうで、版元は同じ潮

出版であったとのこと。もちろん、このときは買うこともなしでありました。

長田さんは、そこそこ刊行点数が多かったですからね。亡くなって7年ほどにな

りますと、すっかり新刊は出なくなって、それだけに、今回の潮文庫はありがた

い感じで買うことになりです。

 目次を見ながら、興味の赴くままにページをくくることになるのですが、第三

章ともいうところには音楽にちなんだ文章がまとめられていて、それを見ますと

長田さんがフリーの編集者(もともとは美術出版社でしたが、そこをやめてから

のこと)になってから、晶文社の仕事をしていたことを思いだすことです。

「ビーアマンの詩と歌を知ったのは、いまは亡いドイツ文学者の野村修によって

だった。ビーアマンの詩を読んで、その歌のレコードが日本で手に入らないのを

口惜しがっていたわたしに、テープにいれて送ってくれたのだった。」

  晶文社の初期のドイツものは、長田弘の発案で野村修翻訳というものが、そこ

そこあるはずで、有名な「政治と犯罪」などもそうであったはずです。

当方が学生の頃には、エンツェンスベルガーはずいぶんと人気がありまして、新刊

がでるたびに購入したものですが、いまは読まれていないのでありましょうね。