展示「通り過ぎた人々」

 図書館の企画、あなたもブックディレクターに参加して、小沢信男さんの

「通り過ぎた人々」に呼応する選書を行い、司書さんに展示していただくこと

になりました。

 まさに「提案したるは彼にして採用したるは我らなり」でありまして、この

ようなのも小沢信男さんを追悼するにはふさわしい手法でありましょう。

 今回の展示は、ほぼ一箱古本市と同じような箱におさめることになるのです

が、そういえばほとんど最初のころの一箱古本市に小沢さんは、河上進さんに

声をかけられて参加していたのでした。そんなこんなことを思いだしながらの

選書と展示であります。

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 レイアウトなどは司書さんのセンスにおまかせであります。当方がやればこのよ

うな形にはならなかったでしょう。砂時計は、彼女(司書さんは女性です)が調達

したもので、93歳で亡くなった小沢さんの生きた時間の隠喩でありましょうか。

 当方は、ほぼ亡くなった人のものまとめたのでありますが、ただ一人野呂重雄

さんだけは健在であるはずで、それでも90歳になるのでした。野呂さんの本を

閉架からだして面陳できただけでも小沢さんに喜んでもらえるかもです。

野呂さんの本をこのように面陳してくれたのは司書さんで、このようにしたのは

書名と田村義也さんの装丁のおかげでしょうか。

 写真をみていただければ、書名は読み取ることができるでありましょうが、今回

の「通り過ぎた人」は、次の方々でありました。

 丸山薫(詩の師匠)、中野重治佐多稲子花田清輝長谷川四郎畔柳二美

川崎彰彦、野呂重雄(新日本文学)、辻征夫(余白句会)、池内紀坪内祐三

小沢信男さんを加えて12人でありますが、なかなか良いではないですか。(まさ

しく自画自賛でありますね。)

 

買い物にあわせて

 買い物にあわせて行きつけの本屋とレコード屋(ほとんど死語に近くなってと

思ったら、そろそろCDの売上よりもアナログレコードの売上のほうがおおくなり

そうなのだそうです。ということはレコード屋という言葉でいいのか。)に立ち

寄ることになりです。

 本は、昨日に話題にした柚木麻子さんの「らんたん」があれば買いましょうと

思ったのです。先日にこの本のことを知って、図書館から借りましょうかと検索

をかけてみましたら、すでに予約をしている人が何人もいて、何ヶ月かは借りる

ことは出来そうにないものですから、これは買って読まなくてはと思ったのです。

(すぐに読まなくてはいけないといいながら、ぐずぐずと読めずに積んでいるも

のもありますので、買ったからといって、すぐに読める保証はなしですが)

 これまでまったく読んだことのない作家 柚木さん(「ランチのアッコちゃん」

はTVドラマになったのを見ておりましたが。)とうまく相性があえばいいけど

なであります。

 このような新刊をとりあげるのは「本の雑誌」でありますが、12月号でとり

あげられていました。これはスルーしていましたです。評者は高頭佐和子さんで

ありました。

「明治、大正、昭和を生きた女性たちを描いた本が好きだ。教育も物資も満足で

なく、自由に生きることが難しい時代に、道を切り拓こうとした情熱や知性に

憧れる。柚木麻子『らんたん』は、そんな私にとって宝箱のような小説である。

すごい人たちが、オールスターキャストで登場してくるのである。」

 これはなかなか魅力的な書き出しでありますね。このあとに簡単に内容の紹介

があるのですが、こういうのを目にしたら買わないわけにはいかずです。

 行きつけの店でチェックしてみましたら、ラッキーなこと一冊ありまして、

無事に買うことができました。

 さて、これを早く手をつけなくてはいけませんですね。

そんな小説があったのか

 昨日に文芸時評朝日新聞鴻巣友季子さん)を見ておりましたら、気に

なる本があがっていました。(最近の文芸時評は、平野謙などの時代とは全く

変わってしまって、文芸雑誌などを読んで、そこから目についた小説作品を取り

上げて紹介するというものではないですね。最近の人は、そんな時代のことは

知らないか。)

 今月の鴻巣さんの時評の見出しは、「少女小説の変遷」となっていまして、

その書き出しは次のとおりです。

「国内外の『少女小説』が豊作だ。その豊かな水脈の混交を見るに、18世紀頃

の『少女小説』から遠くへ来たものだと思う。」

 当方は少女小説と言われても、ほとんどぴんとこないのですが、最近の活躍し

ている作家に女性が多いことや、そのなかには、かってジュニア小説を手掛けて

た方がいることから、すこしうかがえることです。

 鴻巣さんは、少女小説の変遷を簡単にまとめたあとで、その系譜につながる

注目の作品として、次のように書いています。

「こうした歴史的観点からも特筆すべきは、明治大正生まれの女性教育者や作家の

姿を、膨大な考証とともに描きだした柚木麻子の群像劇『らんたん』だ。

主軸はキリスト教精神の下に恵泉女学園を創立し、大戦後は昭和天皇の処遇判断に

も関わった河井道の生涯と、彼女とシスターフッドを契った一色ゆりとの友情だが、

ここに津田梅子と協力者大山捨松の絆、村岡花子柳原白蓮の離反と和解も重ねら

れ、平塚らいてう新渡戸稲造も登場する。」

 少女たちの「力の源泉の一つは想像力の翼であり、女性同士の連帯『シスター

フッド』である」ということで、それが描かれた作品が「らんたん」となるので

すね。

 数年前まででしたら、この「らんたん」について、上のように書かれているのを

みても、まったく反応することはなかったでありましょう。

 一昨年にひょんなことから恵泉女学園に問い合わせをだすことになりまして、

それで恵泉女学園と当方の住む町の不思議なつながりを知るにいたりました。

 そのつながりとは、恵泉女学園創立者 河井道に由来するものでありまして、

河井は、北海道のスミス女学校を卒業後上京し、津田梅子の薫陶を受け、米国留学

を経て英学塾の教師となり、恵泉女学園開くのですが、北海道の親族(義兄)が

学園に寄付した土地が、その後の学園経営に大いに寄与したという話であります。

 シスターフッドではなく、本当の姉の力でありますが、これも含めて明治に生まれ

た女性たちには関心がいくことであります。

 ちなみに作者の柚木麻子さんは、恵泉女学園の卒業生とありました。なるほど。

はてなブログ10周年か

 はてなブログは10周年ということで、特設サイトが公開されているほか、

「10年で変わったこと・変わらなかったこと」について書いてみませんかと

案内されています。

 当方が「はてな」さんにお世話になったはじめは、はてなブログの前にあった

はてなダイアリー」でありました。ブログを始めた何日かはヤフーのブログで

やってみたのですが、数日でこれに見切りをつけて、最初にあげたものも再録

する形で、はてなに引っ越しました。以来14年でありますか、年があけまし

たら15年目にはいるのですが、数年前にダイアリーサービスが終了すること

になって、最初の記事からブログへ移行したのでありました。

 50代の半ばにはてな生活をスタートして、70代に入って、まだ続いている

のは、このサービスとの相性がいいのでありましょう。

 元々は自分のためのメモでありまして、あるところではネタ帳のような意味

あいもありです。ちょうど当方が永く勤務していた仕事をやめる年には、一年

近くも小沢信男さんの著作を紹介することを続けていて、仕事と縁が切れたら、

小沢信男さんについての著作ノートでもまとめることができないかと思って

おりました。

 それから10年が経過して、まったく小沢信男さんについての作業は進んで

おらず、小沢さんは亡くなってしまいました。

師走近くなって、新聞コラム「折々のことば」で2日連続で小沢さんの著作から

ことばが取られたいうのは、しっかりしなさいということかもしれません。

 まずは小沢さんの資料を整理するところから始めなくてはいけないようです。

 ちくま文庫には「私の東京全集」が入っていますが、東京ものとは違った

視点でのアンソロジーというのもいいのにです。今回に話題となった追悼もの

などをまとめた文庫は、いいと思うのだけどな。

 

 

二日連続で小沢信男さん

 本日も朝刊の「折々のことば」(鷲田清一さん)は、小沢信男さんのもの

を取り上げています。

 「死んだ人は、さながら生きていた時のように死んでいる」(随想集「捨身な

ひと」から)とあります。

 鷲田さんの紹介文は「作家の長谷川四郎は、ある文学会が催した展覧会に」で

始まります。ある文学会というのは、もちろん新日本文学会のことでありまして、

これの名前を出さないのは、特に他意はないのでありましょう。

 当方は、鷲田さんが紹介していることばが、小沢さんの警句(といっていいの

かな)では一番好きでありまして、うろ覚えのままで、この場でも引用したこと

がありました。(当たらずとも遠からずの引用でした。) 

 さて、これが「捨身なひと」のどこにあったものであるのか、それがわかって

おりませんでした。本日にそれを探してみることにです。

それは「死者とのつきあい」という文章にありました。初出は「公評」1997年

1月号だそうです。小沢さんが70歳になろうという時に寄稿したものです。

 ちょっと確認してみなくてはですが、この「公評」という雑誌をいただいた

ことがありまして、ひょっとするとこの初出誌で、当方はこのことばを知ったの

かもしれません。

 その時に、このことばは、どなたかのものですかと問い合わせをして、いやあ

これは私のオリジナルというようなやりとりを交わしたような記憶もあること

です。

 1997年くらいのやり取りでありましたら、ひょっとして手紙にでも残っていな

いかな。ちょっと探してみることにいたしましょう。

 

通り過ぎた人々

 本日の朝刊コラム「折々の言葉」鷲田清一さんは、小沢信男さんの文章を

取り上げていますよと、ぐんまさんに教えていただきました。これはありが

たいことでありまして、早速に紙面でかくにんすることになりです。

 鷲田さんは小沢さんが「捨身な人」に収録している「辻征夫」さんについて

の文章から、「生涯おのれを蹴りとばしつづけたような男だった。」という

一節を引用し、紹介しています。

 さて、これはどのようなタイトルの文章にあったのだろうと、「捨身なひと」

を手にとってみることです。

 「捨身なひと」が刊行された時にも話題しておりますが、これは小沢さんが

敬愛する先輩(花田清輝中野重治長谷川四郎菅原克己)と辻征夫さんに

ついての文章を集めたものとなります。

 辻征夫さんについては四本の文章がありまして、鷲田さんが取り上げたのは、

その最初に置かれた「貨物船句集 跋」2001年のものでした。

当方は、これを初出で目にしているのですが、スルッと読んでしまっていて、

ほとんど何も、自分の中に残っていませんでした。今から二十年前のことで

ありまして、ちょっとまだ青かったかなです。(当方と小沢さんは二回り上の

兎年でありまして、辻さんについて書いていた頃の小沢さんの年齢に近づいて

きましたです。)

 辻征夫さんは、余白句会を通じてのお仲間でありまして、小沢さんよりも

年少ではありますが、心通う人で、深く信頼を寄せていた方でした。若くし

て難病のために亡くなったのですが、当方は小沢さんを通じて辻征夫さんの

存在を知ることになりました。

 それこそ、小沢さんの中では花田、中野、長谷川という新日本文学の大御

所と並んで、名前が上がるのですから、推して知るべしです。

 行きつけのとしょかんの企画「あなたもブックディレクター」は、今週末

からのスタートということになりますが、当方は小沢信男さんの「通り過ぎ

た人々」に登場する人を中心に選書をしようと思っているのですが、そう

いえば辻征夫さんも「通りすぎた人」のお一人でありました。

 

 

 

本日は苦戦で

 本日は朝のスムージーの時に、庭で作っているにんじんを掘り出してきて

使うことになりです。これまで人参と大根がうわっていたところに、鉢の

バラを埋めて、袋をかけて冬越しをすることになりです。

 今年は例年よりも本格的な冬が来るのは遅いのでありますが、いつ急に

寒くなるかもわかりませんからして。

それにしても不出来な人参でありますが、化成肥料を使わずにやれば、こん

なものであるのかもしれません。味は悪くはないのでありますよ。スーパーで

販売している人参はきれいに水洗いがされていて、これがために香りが飛んで

いるのですよね。やはり人参は土付きでなくてはです。

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 本日は朝からパンコネをして、それから延々と発酵させているのですが、

どうも酵母の元気が足りないようで、時間はかけているのですが、コネから

15時間たっても焼きに入ることができずです。焼き上がるのは25時過ぎに

なりそうで、これは苦戦であります。

 冬の間の酵母液は、使うたびに仕込まなくてはいけないようであります。

パン作業で苦戦していることもあって、ほとんど本を読む余裕もなしです。

 先日にやっと手にすることができた小説をこれから少し読んでみることに

しましょう。