残り種を使って

 昨日は、自宅に戻ったのが23時半となりました。日付が変わる前になんと

かたどりついて、これはよかったことです。すぐに休むということにもならず、

横になったのは、それから一時間ほどたっていました。

 さすがに今朝はすこし朝寝坊でありまして、朝食の準備と並行して食パン

の仕込みをすることにです。本日はプレーンの山型パンを一本焼いて、すこし

残った酵母種を使って、シナモンロールを作ってみようということになりました。

で90分です。

 結局、山型パンの焼き上がりは16時過ぎで、シナモンロールは18時頃で

ありました。シナモンロールは、ちょっと手抜きをしたこともありまして見栄えは

よろしくありませんが、それなりに美味しくできましたですよ。

本日のシナモンロール。シナモンと砂糖たっぷりで、お菓子のよう。

 昨日は、ライブが始まる前に駆け足で、新刊書店、文具屋さん、ブックオフを

まわってきました。新刊書店では、自分の町では手にすることが出来ない本を

見ることになりです。先日に話題にしたものでは、堀江敏幸さんの「回送電車」

シリーズの最新巻を手にして、目次に目を通すことにです。これは行きつけの

本屋に入っていたら、無条件で買うのでありますがね。

 ブックオフでは、このところ探しています皆川博子さんと村田喜代子さん

の文庫本をチェックするのですが、これはほとんどヒットせずでありました。

皆川さんであれば、かなり古い(バーコードのない)ものがあればと思うの

ですが、さすがに簡単に見かけることはなくなっていることです。まだまだ

本探しの楽しみは続きます。

 文房具屋さんでは、来年の手帳のリフィールが入っていれば買うつもり

でした。通販サイトなどでは、すでに入荷したとあったのですが、昨日の店で

は、今月末に入荷の予定なのですが、まだ入荷していませんといわれまし

た。これは残念でした。なかなかこの店に足を運ぶことはできませんので、

結局は大手通販で購入することになるのかな。

 昨日のライブ行きの電車では、皆川博子さんの文庫本を手にしていまし

た。短編集「少女外道」であります。(今も新刊で入手できるのかな。)

少女外道

少女外道

Amazon

 一作品40ページほどでありますので、片道一時間の電車シートに座っ

て読んでいましたら、すこしウトウトとしたものの、一作品は読むことができ

ました。大人のための童話のようでありますが、ちょっとエロチックであった

りして、これが皆川ワールドですね。

月に一度の包丁研ぎ

 本日はお昼から外出となることから、午前中はすこし家のなかの片付けを

やっておりました。昨日は気温こそ氷点下にはなりませんでしたが、朝から

雪が降ることになって、いよいよ冬本番を感じさせました。

 地植えのバラのあがってきている蕾は、これからは開花までに行くことが

できませんので、切ってしまって室内で咲かせることにしました。

 ほとんどが蕾ですが、これからは花を見せてくれるでしょう。

ノヴァーリス、ユリイカ、パスカリ、コレッタ などなど

 せっかくすこし時間が空いていますので、月に一度の包丁研ぎをすること

にです。ふだんに使っている包丁は家人が二本で、当方も二本となりますが、

本日はそのうち三本を研ぐことにです。(当方の杉本の牛刀は、このところ

出番が減っているので、研ぐ必要はないようです。)

包丁研ぎ 砥石は二台、包丁三本。当方の包丁は、右端のヘンケル。

 包丁研ぎは、家人がやっていたのですが、刃物研ぎが趣味という従兄弟か

ら、仕上げ砥石と包丁研ぎの時に角度を一定にさせる補助具をもらったことで、

当方もやるようになりました。包丁に補助具をつけますと、初心者でも失敗を

することはないようです。

 昨日に「ちくま」と「波」が一緒に届きました。

「波」の表紙は遠藤周作となっていて、巻頭には「没後30年 遠藤周作特集」

とありました。先日に購入した小野十三郎の文庫にも「没後30年」とありました

が、両者の年齢差は20歳でありますので、遠藤周作はずいぶんと早くに亡く

なったことがわかります。(73年ということですから、先日に亡くなった村上龍

さんに近いことです)

 当方は遠藤周作には縁がなかっことで、読んだのは「狐狸庵閑話」くらいで

ありますね。最初に読んだのは雑誌掲載時であったのかな。現在このシリーズが

まとまっている新潮文庫版を見てみますと、当方が最初に読んだのは、「古今

百馬鹿」の「堅井雲子」さんが登場するあたりですね。

 これをおお喜びして読んだのですが、結局は遠藤周作文学作品は読まずに

終わりそうです。

 このあと準備をして、ライブ見物のためにでかけます。また夜に会場写真くらいあげることができるかな。

 

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 山下達郎さんのライブは、無事に終了し、会場をでたところでタクシーに乗ることができ、予定の列車に乗ることができました。達郎さんさえ元気でライブをやってくれるなら、当方はまだまだ参加する気満々です。まずは、来年を楽しみに。

 今回のライブでは、ミュージックブックをやってくれて良かったな。亡くなった友人と聴きたかったこと。

先日の本屋さんで

 先日の行きつけの本屋さんで、まさかこれが入っているとは思わなかった

という新刊がありまして、二度ほど手にとって、なかをのぞいてみたのですが、

結局は買うことは出来ずでありました。数年前でありましたら、行きつけの店

に、この方の本を見かけたら、これは買うしかないなと思ったものですが。

 そういえば、先日の新聞広告には、この方のエッセーシリーズの最新のも

のがでるとありました。これも、ずっと買ってきていたのですが、今回は買うこ

とになるのかな。

 それもこれも、最近あまりこの方のものが読めなくなってきたことが影響

しているようです。なんといっても、今年の夏のうちに読んでしまおうと思って

いた小説が、中断したままで、読み進めることができずで、それこそこの小説

は年内にはなんとかしなくてはです。

 先日に行きつけの書店から図書館へと移動して、文芸誌に掲載されて

いたこの方の短編をなんとか読み通すことができました。数日たったら、

ほとんど何も頭に残っていないのでありますからして、この作家さんについて

行くことができなくなっているのかな。

 堀江さんは、白水社Uブックスで過去作品を「コレクション」というタイトルで

シリーズ化しています。ほとんどの本は、すでに持っていることから、今回の

コレクションを改めて購入することはないのですが、「回送電車」くらい読まんで

も買い続けるということにはならんのかいです。

 明日は札幌でライブがありまして、それに足を運ぶ予定ですが、その時に本屋

によって、新刊をチェックしてくることにしようかな。

 本日は早朝から台所で粉仕事をやっておりました。昨晩に仕込んだパイ生地を

のしてアップルパイを焼き、オーバーナイトで発酵させたパン生地を、朝から成型

して山型パンを作っていました。作業はなんとか15時過ぎには終えることができて、

すっかり冷めたのに確認してから、箱詰めをして宅配営業所に持ち込みました。

 今週中には先方に届くようでありまして、まずは一安心です。

 作業の間は、読みやすい本をということで、神沢利子さんの「おばあさんになる

なんて」を手にしておりました。これは、神沢さんの作品を読むためのガイドブック

のつもりで読んでいるのですが、神沢さんが世にでるまでのところが興味深いこ

とでありました。

 神沢さんは、福音館の編集者であった松居直さんのことを、次のように書いて

いました。

「『ヌーチェの水おけ』というタイトルで、オロッコの子どものことを書いたのね。

それを『母の友』の編集者だった松居さんが連載してくださった。それが『カム』を

書くことにつながったんだと思っています。

 松居さんとの、この出会いも大きかった。あのつらい時期、あの方のおかげで

書いてこれたと思うんですね。松居さんが待っているから書かなくちゃ。そう、思い

つづけていました。・・・

 松居さんが『デルスウ・ウザーラ』で知られるアルセーニエフの『ウスリー紀行』

(長谷川四郎訳)を貸してくださったのも、そこ頃でしたね。」

 神沢さんの「北の物語に絞り込む」に「ウスリー紀行」が影響していたとは、

いい話でありますが、「ウスリー紀行」が最初に刊行されたのは、1953年とありま

す。

 松居さんから本を借りたのは、1959年から60年くらいのことのようです。

 

ウトウトしながら西部戦線

 本日の午前はトレーニングへと行きまして、午後は本日NHKBSで放送が

あった「西部戦線異状なし」(完全版)を録画し、それを再生して見物するこ

とにです。

 1930年にUSAで制作された有名な映画でありますが、当方が見るのは、

今回が初めてであります。レマルクの小説を映画化ですが、USAのものです

から、言語は英語となっています。登場している役者さんもほとんどが米国人

なのでしょうね。

 作品は、第一次大戦下の西部戦線でありますので、ベルギーからフランス

にかけて地帯に築かれた塹壕が舞台です。ここで英仏とドイツとオーストリア

軍が戦いを行うのですが、登場するのはドイツ軍の若い兵隊たちとなります。

 戦争が終わってから11年くらいに作られたものですから、まだまだ戦争の

記憶がなまなましいことで、これは相当に再現性が高いのではと思いつつ

見ておりました。

 それこそ、戦間期のものですが、USAは両大戦ともに戦場にはなっていま

せんので、あまり戦間期という感覚はないのかもしれませんです。それにして

も、この頃から、USAは世界の覇権を握っていくようになるのでありますね。

 最近の新潮文庫の表紙カバーはこのようになっているのですね。これは

映画の一シーンをイラストにしたもののようです。翻訳は秦豊吉で1929年に

最初の版が刊行とありました。新潮文庫に残っている翻訳ものでは一番古い

ものの一つでしょうね。

 本日に、ウトウトとしながら「西部戦線異状なし」を見物していたのは、図書館

から借りて、ほとんど読むことができていない本、「世界に背をむけて」を読む

助けにならないかと思ったからであります。

「1919年6月、大戦を終結させるパリ講和条約が徹底議論されているさなか、

ジョン・メイナード・ケインズがそのイギリス代表を辞任した。・・・当時、ケインズは

イギリス人のなかでも少数派エリートだった。しかし、幻滅した何百万人という

中欧の市民の気持ちを代弁したのである。

 ドイツ人、オーストリア人、ハンガリー人の多くは当初、ウッドロウ・ウィルソンの

『十四か条の原則』と『民族自決』の原理に基づく平和に大きな期待を寄せて

いた。ところがそうした期待は、1918年から19年にかけてのパリ近郊で打ち砕か

れ、それに伴いリベラルな国際主義への信頼も大きく失われた。ケインズのような

国際主義者が幻滅して和平交渉から下りるぐらいであれば、敗戦国の反発は極

左、極右ともにもっと激しく、そうしたところでは、戦後生きていくための反グローバ

ルや反インターナショナルのビジョンが革命的・反革命的暴力を助長した。」

 戦間期につながっていく話でありますが、大戦にあとから参戦したUSAの発言

力が大きくなっていることがよくわかることですが、敗戦国では反グローバルな動き

が大きくなって、それがヒットラーをリーダーに押し上げていくことになるのですね。

うれしい届きものだが

 本日に編集工房ノアさんから、「海鳴り」が郵便で届きました。

 これはうれしいと思って、封をきってみましたら、「海鳴り」が入っており

ました。先月に届いた涸沢純平さんの「海の人」に収録されている「舞鶴へ」

という文章の初出は、「海鳴り 39号 2026年9月」となっておりましたので。

 「海の人」を手にした時には、そろそろ「海鳴り」は届くのであるかと思って

おりました。それからちょっと時間がかかったのですが、本日に無事に手にする

ことができました。

 さっそくにぱらぱらとなかをのぞいてみることにです。あれっ、なんかいつもと

違うぞであります。

編集工房ノア「海鳴り」39号 終刊号

 表紙には「終刊号」とありまして、表紙裏には「『海鳴り』終刊の辞」が

掲載されているではありませんか。ということは、このあとは「海鳴り」は

出ないということですね。

 終刊の辞には、次のようにありました。

「『海鳴り』を、この39号、サンキュー号をもって終刊といたします。」

 表紙裏には「創刊号」の表紙が掲げられていまして、それをみましたら、

終刊号の表紙絵は創刊号(粟津謙太郎画)のものが転用されていると

ありました。

 なんとなく振り出しに戻って大団円となるような「海鳴り」であることです。

「海鳴り」創刊号は、昨年にありました「ノアの50年」の展示で現物を見る

ことができたのですが、どのような方が寄稿しているのかは頭に入っており

ませんでした。(創刊号は1975年12月10日発行)

 「サンキュー号」の巻末には、「海鳴り」総目次が掲載されていまして、こ

れがありがたいことです。これを見ますと、毎年のように刊行されるように

なったのは1997年の9号からということがわかります。当方の手元には、

これよりも前のものもありますが、それはあとになってからノアさんからいた

だいたものですね。これまでのバックナンバーは大切にしなくてはです。

 涸沢さんによる「終刊の辞」からです。

「『書いたものは残る』、出版は出会いであり永遠の人間遺産です。人が

言葉を得た長い歴史の中の、不遜ではありますが、ささやかな編集工房

ノアの家族の物語、とお読みください。」

 「書いたものは残る」は、ノアから刊行の島京子さんの本のタイトルになって

いるものです。「ささやかな編集工房ノアの家族の物語」とありますのにはて

さてと思いますが、「サンキュー号」には、小西敬子さんの「手放す時」という

文章が掲載されていて、これが家族の物語ですね。

 小西敬子さんというと、編集工房ノアから刊行になった涸沢純平さんの本

の発行者となっている方です。(「海の人」は除いて)

 たぶん、小西敬子さんの文章が「海鳴り」に掲載されるのは初めてのはず

でありまして、「サンキュー号」の目玉であるようです。

 小西敬子さんの文章を読みますと、小西敬子さんが北海道に関わりのある

人であると知って興味を覚えました。

「村山義七の長男義孝が私の祖父であるが、明治15年9月22日生まれ、森村

の小学校から函館中学、仙台二高、東京帝大へと進んだ。帝大へは法科に

はいったが、すぐに嫌になり英文科を卒業した。」

 当方が、この町出身の明治17年生まれの男性の経歴を調べていたのですが、

札幌中学から第二高等学校、東京帝大法科へと進学したのですが、ひょっと

すると、高等学校時代に村山義孝さんと出会っていたのではないかと思うと、

不思議な縁を感じたことです。

行きつけの店で買った本

 本日の午前はトレーニングへ、午後は家人の足の確保で、外出すること

になりました。家人の用が終わりますまで3時間ほどの時間がありましたの

で、その間は本屋とか図書館へと行って、過ごしておりました。

 まず先に足を運んだのは、行きつけの本屋でありますが、ここに来たのは

ややひさしぶりのことです。最近は、ほとんど新刊を買っていないのですが、

気になる文庫本がありまして、それがまだあるかどうかのチェックからです。

 案の定で売れ残ってありました。新刊の文庫を買うのはいつ以来であり

ましょう。

 小野十三郎さんの著作が文庫になるのはいいですね。中公文庫さんあり

がとうです。帯をみますと、没後30年とありますので、それを記念しての刊行

ですが、大阪文学学校校長である細見和之さんの尽力によってでたもので

しょう。

 小野十三郎さんは、大阪文学学校初代校長でありましたからね。この文庫

には、付録として金時鐘さん、富岡多恵子さんの文章がついていて、開設は

細見和之さんですから、大阪文学学校界隈に関心がある人には必携の一冊

となることです。

 この文庫には、小野さんの「大阪文学学校二十年」という文章が収録され

ていて、それを読むのが楽しみですが、現在の校長である細見さんは、解説で

次のように書いています。

「私は一年留年してヘーゲル『精神現象学』をテーマにした卒論で大学を卒

業したあと就職もできず行く先もないまま、当時小野十三郎が校長を務めて

いた大阪文学学校に入学したのである。大阪文学学校は、専門学校のように

卒業すればなにかの資格を得られる場ではない。とにかく文学好きが集まる

生涯学習のセンターのようなところだ。・・・大阪の地下鉄谷町せんの、谷町

六丁目の駅の地下道を上って、文校という得体の知れない場所に足を踏み

いれたのだった。・・・ 

 残念ながら、その時点では小野十三郎は依然として校長ではあっても、高齢

のためもう文校には顔をだしてはいなかった。それでも、小説家の川崎彰彦、

在日朝鮮人を代表する詩人の金時鐘、艶やかな和服を着た詩人三井葉子、

鋭利な批評の言葉を発する倉橋健一など、錚々たる講師陣がいて、開講式は

熱気に溢れていた。」

 細見さんは1962年生まれとあります。文学学校入学は23歳とありますから

1985年のことで、小野十三郎さんは、その時82歳となっていました。

 大阪文学学校といえば、当方は15年ほど前に、谷町六丁目の文校を訪ねて

川崎彰彦さんを特集した「樹林」を購入したことが忘れられません。

vzf12576.hatenablog.com

エスコンでクラスの集まり

 京都に住んでいるクラスメートが久しぶりに帰省するので、集まれる人は

集まりましょうと、面倒見の良い幹事さんから連絡があって、当方は予定が

入っていないので、顔を出すよと返事をしておりました。

 その集まりが、本日に北広島市エスコンフィールドでありました。

当方が小学4年まで在籍した、田舎の小学校(一学年一クラス)の集まりで、

今回京都から帰省した彼とは65年ぶりの再会となります。この機会を逃すと

会うことなく終わるとなりそうでした。声をかけてくれてありがとうです。

 エスコンが会場というのは、在籍した小学校と同じ市にあるからで、当方

が住んでいた集落は、65年が経過して、そんなに大きく変貌していないので

すが、役場があったあたりは住宅団地が造成されて人口が急増し、最近は

エスコンフィールドがオープンして大きな注目を浴びています。

 京都からの客人は、エスコンを見てみたいとなって、集まりの会場となり、

近くに住む幹事さんは、エスコンは自分の庭のようなもので、案内をしてくれ

ました。

 野球のオフシーズンではありますが、施設見物の人が多く、賑わっていま

した。こういう野球施設もあるのかです。

エスコンフィールド 当方の古いナビには情報がなく、スマホナビ頼りに到着

 施設のなかのフードコートでおしゃべりし、そのあと施設内の見学をして

4時間半ほどの時間を過ごすことができました。次回に顔を合わせるのは、

いつになるのかです。

 戻ってからは図書館から借りた本を手にすることにです。(予約してあった

ものです。)その一冊は、次のものとなります。

 先日に話題にした神沢利子さんの本ですが、この本は、神沢さんが75歳の

時に刊行となったものです。(ちょうど、今の当方の年齢です。)

 あとがきには、次のようにあります。

「いよいよこの本が出来あがるのだと思うと感慨深いものがあります。

 何よりもまず、このような本を出す機会を与えてくださった編集の中川六平

さん、聞き手の志澤小夜子さん、小島希里さんに心からお礼申しあげます。

『あなたの人生を語って下さい。それを聞き書きの本にしましょう』というお申し

出に仰天した日から、はや二年半がたちました。」

 そうか、75歳近くなったら、「人生を語ってください」と言われる人もいるの

であるな。最近であれば、「生活史」ということでの聞き書きがあったりするけ

れど、当方がそのように聞かれたら、どんなことを語るのでありましょう。

 そんなことを思いながら、神沢さんの本を読んでみることにです。