いつもの月曜日に

 月曜日、朝起きて一番はじめに行うのは、昨晩に仕込んだ天然酵母種のあがり

具合を確認することでありました。(ぶどう酵母液に強力粉を合わせたもの)

元の量の倍まであがっているので、このあと、これを使ってパンこねをすること

になりです。

 その前に朝食の準備で、にんじん、りんご、レモンでスムージーを作り、パン

をカットして、一部はチーズ(ゴーダとモッツアレラ)をのっけてトーストに、

ゴマレーズンパンはそのままバターをつけていただくことに。コーヒーは、豆を

挽いてからペーパードリップすることにです。ここまででだいたい20分くらいで

しょうか。もちろん、食後の片付けも自分でやるのでありますが、これは毎日の

ことであります。

 朝食が済んだら、パン作業にかかりますが、本日の気分に合わせて粉の配合を

変えたりして、二種類のパン種をこねることに(これはパンこね機が活躍)なり

です。9時過ぎにこね作業は終えて、それから一次発酵を7時間くらいでしょう

か。本日は気温がそんなに高くありませんので、ゆっくりと待つことにです。

 ということで二種類のパンが焼きあがったのは20時過ぎとなりました。

 パンが冷えるのを待って、それからカットして一部は冷凍して、パン作業はお

しまいとなります。(家人にいわせると、よくも面倒くさくなく毎週やるねとい

うことですが、楽しくやっているので、気にはならずでです。)

 本日にできていないのは本を読むことでありまして、予定では本日くらいには

小生の残っていたところを読むのでありましたが、それが手つかずでした。

 読んでいる小説は、アンリ・トロワイヤの「サトラップの息子」というもので

これも小笠原豊樹訳です。

 この作品は、ソビエトロシアからフランスに逃れた家族のお話でもありますので、

その様子が出てくることです。トロワイヤがフランスに逃れたのは1920年くら

いでありますから、それから百年ほどですが、いまも背景は違うものの、国から

逃れる人々は、あちこちで列をなしていることです。

「ロシアの大地を横切る長い長い脱出の旅の一夜、私たちは家畜運搬車に詰め込ま

れていた。周囲は貧しい身なりの、敵意をあらわにした人ばかりで、その人たちも

ボルシェヴィキの脅威から逃れる途中なのだが、私たちはこの汽車の旅の終わりま

でだれにも煩わされないことを願って、ひたすら口を噤み、俯いていた。」

 ほんとにロシアの革命というのは、なんであったのでありましょうね。20世紀

最大の悲劇ということになってしまうのでありましょうか。

旅のふり返り

 今回の乗り鉄旅は、我が家から新得駅へとでまして、そこから新得駅へと一筆

書きで戻ってくるループとなりました。鉄道旅とか北海道の土地に関心のない人に

は、なにがなにやらでありますが、太平洋からオホーツク海へとまわって来たこと

になります。

 基本的には非電化区間でありまして、古いディーゼル車を楽しむことになりで、

たまには新しいディーゼル車もありますが、それが空いていて、古い旧国鉄時代の

ディーゼル車が混んでいたりです。天井で首を振りながらまわっている扇風機には

JNRと表示がありました。

 北海道の地方路線はレトロの宝庫でありまして、ループの最後にのったディーゼ

ル車もなつかしい車両でした。あわてて写したのでピンぼけがなさけないが、根室

線の途中でバス代行にかわる東鹿越駅での車両です。

 旅の途中で立ち寄った釧路の古本屋さんで購入した文庫が、旅行の友になりまし

た。今回の鉄道旅の話を家族にしましたら、それじゃ本が読めるねといわれたの

ですが、そのときは、窓の外の景色を見るのが楽しくて、それどこじゃないよと

返したのですが、さすがに山の中のトンネルが続くところは風景が単調で、本でも

読もうかとなります。

 その時の持参したものではなく、購入した文庫を手にして楽しみました。

それは金井美恵子さんでも、古山高麗雄さんでもなく、車谷弘さんでした。(いず

れも中公文庫)

 車谷弘さんの「銀座の柳」は、古い編集者が書かれた本ということで、ちょっと

話題になっていたものですが、名前は知っていたけど、旅先で出会うとはです。

こういのは縁でありますので、すぐに購入することにです。

 車谷弘さんは、家業である薬種業を継ぐために好きでもない薬科大学に進学し、

なんとか好きな文学にかかわる仕事に付きたいと思っていたところ、ひょんなこ

とから文藝春秋社に採用されたという経歴で、その後は編集者として役員にもな

るのですが、自らは編集の傍ら装丁をこなし、俳句を嗜んで、それでの文人たち

との交流がありましたです。

 これを読んでいたら、これは当方の友人で、仕事をやめてから俳句を始めたの

に送ったら喜ばれるのではと思いました。

 地方線の乗り換えというと、運転本数が少ないこともあって、かなりの待ち時間

が発生します。昨日には3時間ほどもありまして、はてどうしようかと思ったので

すが、そうしたときには文化施設へといくことにです。図書館、美術館、博物館と

なりますが、昨日には駅から歩いて20分ほどのところにある美術館を訪ねてみま

した。

 この美術館では、ちょうど「北斎展」をやっていまして、これを見ることにです。

これまで機会がありそうでなかった北斎の「富嶽三十六景」とか、「東海道」を

描いた作品など、楽しむことにです。

 画集などで目にする「富嶽」は色鮮でありますが、江戸時代のオリジナルは、ど

うしても退色しています。それのほうが現実の色でありますね。しかしそれにして

も、江戸時代にこれはすごいことです。

 ということで、乗って楽しく、食べて美味しく、読んで、見て楽しい鉄道旅であ

りました。
 

残りはわずかになったが

 一泊二日の鉄旅より、無事に帰還することができました。この2日でどの

くらいの距離を乗車したのかなと思うのですが、あとで計算をしてみること

にしましょう。北海道の鉄道路線は、どんどんと路線廃止されそうなので、

今のうちに乗っておかなくてはです。今回の乗車で、道内に限っていえば、

未乗車区間は二路線だけになったのですが、なかなか厄介なところが残って

います。

 それにしても、今から半世紀ほど前の北海道はそれこそ網の目のように鉄道

が通っていて、その時代の全線踏破は、さぞかし大変でありましたでしょう。

 現在残っている路線で、地方線に指定されている沿線の町は、どこも鉄路を

守るために必死でありまして、本日に乗車していたときにも、早朝であるにも

関わらず列車の出迎えイベントをホームでやってくれていました。

 その昔でありましたら、林業が盛んで貨物の積み出しも多かったのですが、

林業は不振で、それにあわせて人口も減少ということになり、利用者の減少と

いう事態を招くことになりです。

 イベントは遠軽駅のホームでのことです。遠軽駅で降りて、瞰望岩を見物に行こ

うかなとも思っていたのですが、出迎えに圧倒されて、ひるんでしまいました。

 

呑み鉄旅となり

 自宅を朝6時に出まして鉄道旅のスタートです。朝寝坊して、すこしバタバタしな

がらもなんとか予定の列車に乗ることができて東に向かうことです。

 特に目的があるわけではないので列車は、鈍行が一番です。やむなく特急に乗る

こともありですが、特急を降りて鈍行に乗り換える旅です。

帯広から釧路と釧路から網走は、乗りごたえ十分でありました。帯広からは、ほぼ

貸し切りのような状態で申し訳ないこと。今回の鉄旅の最大の目的である釧網本線は、

それなりに混んでいまして、これにはホッとすることで。

 乗り換えで一時間ほど時間があって、釧路をぶらぶら歩いていましたら古本屋を

発見。

 これが、 なかなか良い店で目の保養になりました。おおこれは珍しい思ったもの

は、それなりの値段で、本日は断念。なかなかレア物の文庫本がありまして目移りした

ものの、中公文庫の金井美恵子さんを二冊と、ほか二冊いただきました。鉄旅の醍醐

味の一つは知らない街の古本屋をのぞくことで。

 ということで本日の終着の網走駅に到着です。

f:id:vzf12576:20220930205939j:image

 暗くなったので夕ご飯をたべるとこを探すことにです。立ち寄ったお店のご主人

におすすめの店を訪ねたら黄色の看板のお店を紹介され、ハイカラ居酒屋のカウンター

に座って生ビールの中と地のものをいただくことに、美味しかったな。

ほとんど気分は呑み鉄となり。

 店から宿への戻り道は、川沿いを歩くことになりです。

f:id:vzf12576:20220930210820j:image

 明日も一日鉄旅です。

北海道LOVE+道民割

 世の中は、お得で、お安くて、楽して儲けるという話に弱いようであります。

まあ当方も人の子でありますので、そういう話は決して嫌いではありませんが、

そういう話の先には、行列とか人だかりがあるのこともあって、いつもは敬遠

するのでありました。

 そんな折に、北海道LOVE+道民割という話であります。これは北海道に限定の

お得な旅の話ですが、ひどく経営が厳しいJR北海道が特急も利用できる6日間乗り

放題切符を「北海道LOVE」として販売してくれています。

 そういえば、先日の青春18切符期間には鉄旅をすることが出来なかったこと

もあって、秋の鉄旅は、この北海道LOVE切符を使ってやろうと思い立ちです。

以前から、なんとか釧網線を乗らなくてはと思っていたので、それの乗車を計画す

ることにです。

 日帰りはちょっと厳しいので、途中でどこかで宿泊しなくてはということで、

道民割という制度を利用することにです。本日に網走の宿に電話をいれましたら、

無事に確保できましたので、あとは早起きして、鉄道を乗り継いでいくだけであ

ります。

 どんどんと北海道の鉄道は廃線となっていくことから、まだ鉄路がつながってい

るうちに乗らなくちゃです。北海道のローカル線利用者のほとんどは、そうした

鉄旅愛好家であって、地域住民の利用者は見かけないといわれますが、地域に住み

続けることが難しいという現実が一方にはあるのですよ。

 全盛期の半分以下くらいの営業キロ数となってしまった北海道の鉄路であります

が、まずは全線踏破にむけて、少しでも乗車区間を増やさなくてはです。

 

訃報あり

 本日の新聞に佐野眞一さんの訃報が掲載されていました。肺がんであったとの

ことで75歳でありました。

 なぜかもっと年長であると思っておりました。これはどうしてそのように思っ

たのかわかりませんが、若い頃よりライターとして活躍をしていたからなので

しょう。

 新聞には「東電OL殺人事件」が代表作のように見出しになっていましたが、

この作品は、いまだ読むにはいたっておりません。ちょうど、この事件の裁判が

進行しているときには、佐野さんは「ちくま」でコラムを連載していて、その時

が一番佐野さんとの距離が近かったのかもしれません。(「ちくま」のコラムは、

「劇薬時評 テレビ幻魔館」というものでしたが、筑摩からでているようです。)

 当方もこの場で、佐野さんの本を読んでいますと、何度か書いているのですが、

亡くなって読み返したいと思っているのは、「旅する巨人」でありましょうか。

佐野さんの本は、あちこちにバラバラに置かれているので、「旅する巨人」を

すぐに見つけ出すことはできそうもありませんが、厳しいドキュメンタリーで

知られる佐野さんも、渋沢敬三宮本常一のお二人に関してはオマージュしかない

という感じを受けましたです。

 まずは、この本を探してきて、すこしのぞいて見ることにいたしましょう。

 そういえば、図書館からみずのわ出版さんからでている宮本常一さんの「ふるさ

とを憶う」という冊子を借りておりまして、これに目を通してしまいましょうぞ。

55年ぶりですか

 本日に武道館で大きな葬儀がありまして、それは国が主催するものとしては

55年ぶりなのだそうです。

 55年前は、当方は高校二年生であったように思います。その日に大きな葬儀

があったことは知っていますが、テレビも新聞も見ない生活でありましたので、

ほとんど印象に残っておりません。

 その後になりまして、その葬儀の模様がTV番組のなかで取り上げられたときに、

故人の息子である吉田健一が神妙な顔をして連なっていたのが印象に残っています。

こういう人が国葬で送られるのかと、大勲位という勲章の名称とともに記憶されま

した。

 それから幾星霜でありますが、大勲位という勲章を贈られた人は、その後3人で

ありまして、一人はノーベル賞で、もうひとりは戦後の大元帥のような方でありま

した。そのお二人と比べると、今回の大勲位は、ちょっと軽いかなと思ったりです

が、まさかの国葬付きとなりまして、このことが、この国の形が変わっていること

如実に物語っているのかもしれません。

 先の大勲位が亡くなったときにも、国葬でとか思った人はいたのでしょうが、

やはりそれは恐れ多いというような気持ち(それに法的な裏付けの難しさ)もあっ

て、それに踏み切るということにはならなかったのでしょう。

 今回も慎重な意見をお持ちの方もいらしたのでしょうが、なんとなくいけいけの

気分が横溢したようでありまして、それも含めて知恵が足りなくなっているようで

あります。

 この半世紀に失われたものというのが、本日の儀式を支えているのかもしれま

せん。