ブログの時代

 それこそ、まだブログをやっているのですかとなりますが、その昔はSNSと

いえば、ブログという時代があったのですよね。もう20年以上も前のことに

なるでしょうが、早い人は2000年を過ぎた頃にはやっていたのではないの

かな。

 はてなさんが「はてなダイアリー」を始めたのは2003年のこととありまし

て、そのころには、あちこちにブログを残す場所があったように思います。

今ではいくつくらい残っているのでしょうね。

 当方などは居心地がいいので、「はてな」にとどまっているのですが、多く

の人はより新しいSNS(旧ツイッターとかインスタなど)に引っ越してしまっ

て、文字へのこだわりの強い人(?)が、はてなに残っていますね。(最近でし

たら、noteへと動いている人もいますか)

 「はてなダイアリー」の特徴は、キーワードでつながるところでありました。

いまであれば言葉にハッシュタグつけるような手法でありますが、まるで知ら

ない人とも好きな作家の名前でつながることができるというのは、魅力であ

りました。

 今の「はてな」にも、この時代からのコアなファンは残っていて、そういう雰囲

気はまだあるように思います。(少なくとも旧ツイッターなどとくらべると静かで

あることです。)

 「はてなブログ」から生まれた書物もかなりあるはずですが、先月にそうした

一冊をブックオフで安価で入手することができました。(それもサイン本です)

 南陀楼さんが「はてなダイヤリー」にアップした日記形式のブログを一冊にまと

めたものです。南陀楼さんは2004年6月からはてなでブログを始めて、この本は

2005年の一年分を整理して書籍化したものだそうです。

 これのあとがきを見ますと、ブログ事始めを知ることができます。

当方などは、こうした先達の踏み固めたあとをたどっていくことで、「はてなダイア

リー」に入っていくことになりました。(当方は2007年1月からスタートさせました

ので、来年1月には、二十周年となります。なにかお祝いをしなくては)

 この「路上派遊書日記」の一番すぐれているのは、巻末に索引があることです。

人名とその他のことばで、「はてなダイアリー」の「言葉」でつながるを踏襲していま

す。二段組420ページほどのボリュームですが、その時代に南陀楼さんと仕事で

つながっていた小沢信男さんにどこで言及されているかは、この索引をみますと、

一発でわかります。WEB上のはてなであれば、キーワードで検索ができるのですが、

この本のなかにも生かされているのがたいへんよろしです。

 そのほか、これには言葉への注が充実しています。この二つが合わさって、この本

に収録のブログが書かれた時代を浮き彫りしてくれているように思います。

 本が刊行されて20年も経過しているのですが、今読んでも興味深く、面白いこと

であります。(はてさて、旧ツイッターなどは20年経過してから、読まれることなどある

のだろうか。)

ごほうびはブックオフで

 本日の午前は、家人の足の確保で出かけることになりました。家人の

所要時間は2時間半くらいでありましょうから、その間は図書館にでも行って

時間つぶしをしましょうかと思いましたが、あいにく本日は休館日でありまし

た。

 そんなわけで、一度自宅に戻って、再度終わった頃に迎えにでることに

したのですが、帰る途中にあるブックオフに立ち寄って、お駄賃の範囲で

本を物色することにです。(いつもとかわらぬワンコインです。)

 本当はさっさと戻って、本日の読書ノルマをこなしたほうがいいのでありま

すが、ノルマで読むのは、やはりちょっとつらいので、息抜きの本も必要です。

 本日は、ワンコイン予算をわずかにオーバーして3冊購入です。

小説、紀行、エッセーのそれぞれ一冊となります。どれもそこそこ面白そうな

のですが、本日に戻ってからは、小説を手にして、すこし読んでみることにです。

我が友、スミス

我が友、スミス

  • ノーブランド品
Amazon

 現在文庫となっているのですが、それの元版です。文庫の表紙を見ますと

友である「スミス」というのは、これに関係があるのかとわかるのですが、元版

の表紙では、そのあたりがはっきりといたしません。

 「我が友、スミス」という小説は、5年ほど前の芥川賞の候補作品でした。

(この時の受賞作は砂川文次さんの「ブラックボックス」 未読です。)

候補になった時に、これが筋トレをする女性を主人公にした作品であるとい

うことで話題になりました。

 当方は、当時(2022年1月)すでにトレーニングへと定期的に通って、マシン

を使ってのトレーニングも行っていたので、それを話題にした小説があるのか

と興味を覚えました。それから4年が経過して、やっと小説を読むことにです。

 それで、タイトルのスミスというのは、トレーニングジムに設置されている

スミスマシンのことであります。WEB上では、次のように説明されています。

「スミスマシンは、バーベルがレールに固定されており、このレールに沿って

バーを上下に動かすことができるトレーニングマシンです。

フリーウエイト(ダンベルやバーベルを使用した筋トレ)とマシントレーニング

の中間のような存在です。」

 このマシンは、当方が通っている施設にも何台か置かれていて、使ってみ

ようかなと思いながら、腰をいためても困るので、敬遠しておりました。

 この小説には、次のようにありました。

「スミスの利点の一つに、補助がいらないというのがある。スミスのバーベルは

レールに沿って稼働し、かつ必要に応じてストッパー機能が不要なのである。

補助は重量に耐えきれなくなったときにふらついたバーベルを支えたり、取り

落とさないよう脇から手を添える役割だ。バーベルなる二十キロの鉄棒は、

ちょっと間違えると凶器になる。」

 主人公の女性は155センチと自分の体重くらいの重量に取り組んでいる

とあります。これをみますと、当方も、自分の体重または年齢くらいの重量に

取り組まなくては思うことであり。種目によって65キロと75キロでありますが、

まずまずハードルが高いこと。

 本日は、いまだ読書ノルマを達成していませんので、このあとはハクスリーの

小説に戻ることになります。

最近の買い物から

 当方のところでは、今も固定電話の契約が続いています。固定電話なんて、

ほとんど売り込みとか買取りなどのセールス電話のために残しているような

感じになっているのですが、月に何本かは意味のある電話も届くことです。

 ちょっと古い無線子機つきの固定電話でありますが、その無線子機を充電

するための台が役に立たなくなったのですね。プラグのところの根本で断線

していて、今どきのプラグでありますので、修理も出来ずで、さてどうしたもの

かです。

 ということで、この無線子機の充電器の確保をすることにです。メーカーの

ページを確認してみましたら、まだ充電器だけで販売されているのですが、そ

れが思ったよりもずっと高いのでありますね。

 そんなわけで、困ったときのヤフオクでありまして、最初には充電器だけを

チェックしてみたのですが、同じ型式のものは見当たらずで、これは残念。

それじゃ要らないのですが電話機本体も含んだフルセットでは、どうかと思っ

て検索をしましたら、これが見つかりまして、価格もメーカーの充電器価格

よりも安いくらいでありました。

 これにしようということで入札をし、無事に落札して、それが先日に届きま

した。

先日に購入した電話機と無線子機 必要であったのは子機の充電器

 それにしても、無線子機の充電器(置き台を兼ねる)が断線で充電できなく

なるというのは、想定されているのでしょうが、それにしては、使い捨てのような

作りであります。ケーブルだけ取り替えられるようにしてくれればいいのにです。

(最近のスマホなどの充電が、ほとんど同じタイプのUSBになったのとくらべ

ますと、残念な世界です。)

 本日は午前がトレーニングで、午後はすこし読書と思っていたのですが、本を

手にしていましたら、ウトウトとしてしまって、まるでページを稼ぐことができずで

あります。本日のノルマは「素晴らしい新世界」を50ページ読むことですが、朝

から10ページほどでありまして、このあと40ページ読まなくてはいけません。

ノルマなんて記しますと、楽しい読書のイメージはなくなることです。

 気分転換に手にしているのは、図書館から借りている「詩が教えてくれたこと」

となります。童話屋の田中和雄さんによる本ですが、茨木のり子さんの「詩のこ

ころを読む」と一対になるものです。こちらのほうも読まなくてはです。

 先日に届いた岩波「図書」10月号の新刊案内を見ていましたら、田中和雄

さんが編集した「石垣りん全詩集」が刊行されるとありました。

「ティーンエージャーの頃の知られざる投稿作品を含む書籍未収録作品400

余篇をはじめて網羅した決定版全詩集」

 上製函入 608ページで、定価12,100円だそうです。今月末の刊行。

 

一雨ごとに

 寒くなりました。つい何日か前に最低気温が10度を下回ったなと思った

のに、それから数日で最低気温は6度台まで下がっています。

 10月に入ったら、雪虫が飛ぶようになるのですが、それもあと何日かの

ことでしょう。そろそろストーブの試運転をしなくてはいけないことです。

 午前中に外にでて、バラの剪定などをしていましたら、おひさんがでて

いて、すこし暖かいなと思ったのですが、それもつかのま、一転して雨にな

り、早々に作業を切り上げることになりました。

 本日の午前は、昨日に引き続きでのパン作業となりました。本日は在庫

がなくなったミニバケット作りに取り組むことにです。昨日の山型パンは、

パンこね器にこねはお願いしていますので、ほぼ肉体作業はないのであり

ますが、フランスパンだけは、こね作業の半分は、手で行うことになります。

こね器で8分、こね台の上でこすりつけるようにして10分ほどこねてから、

一次発酵にはいります。(本日は江別の粉400g、酵母種160g、塩4g、

ドライイースト3g,水300ccとなります。)

 それこそフランスパンに向いたイーストをつかったほうが仕上がりはいい

ようでありますが、まあ当方の場合は自家製酵母を使うのがうりであります

ので、すこし種がだれたとしても、それはがまんでありますね。

 ということで、午後に焼き上げた本日のミニバケット3本であります。

江別の粉400g、酵母種160g、塩4g、 ドライイースト3g,水280cc

 我が家の冷凍庫だけでは足りなくて、隣家の骨董品のような冷凍庫も

パンでいっぱいになっています。(山型パン、レーズンパン、ライ麦パンと

ロールパンですが、朝食はこれらを気分で組み合わせて食しています。)

 パンの発酵を待つ間は、すこし本を手にしておりました。相変わらずで

ウトウトとしてしまうのですが、ちょっとでもページがかせぐことが出来てよろ

しです。

 昨日から読み始めたハクスリーの「素晴らしい新世界」です。

最近は新訳もでているそうですが、当方などはかなり古いタイプの本読み

でありますので、若い頃に読んでいた調子の翻訳でも、まるで違和感は

ありませんです。今の感覚でいくと、ちょっと古いというくらいのほうが、

なじむようであります。一日50ページほど読むことができれば、5日く

らいで読み終えることになるのですが、そうはうまくいかないか。

世の中どんどん悪くなる

 「世の中どんどん悪くなる」というのは、ハンバート・ハンバートの歌詞で

あるように思っていましたら、歌詞のほうは「日に日に世界が悪くなる」であり

ました。明治の日本を舞台にしたドラマの主題歌でありますが、「世界が悪く

なる」という歌詞のおかげで、今の時代の歌であるかと思ってしまいました。

 その昔に、この先世の中は良くなると思うかと聞かれたら、けっこう多くの

人は、良くなると答えたように思いますが、この時代にはどうでありましょう。

 このへんは磯崎憲一郎さんの最近の小説のテーマでありましょうが、

原武史さん、四方田さんなどにもそれをテーマとした本がありました。

 もう10年以上も前に警告を発している人は、たくさんいるのですが、それに

も関わらずというか、それだからこそなのか、世の中の動きは反対方向へと

向かっているようです。

 コンピュータなどのIT技術を活用して、すっかり利口になったように思いこん

でいますが、むしろ人間はスカスカになっているのではないかな。

AIが進歩していけば、人間では制御できなくなるということになっていくので

しょう。その昔にラッダイト運動というのがありましたが、どこかの時点で、また

そのようなことになるのでしょうか。

 そんなこんなで、60年ほど積読となっている小説を、いまこそ読まなくてはと

思って取り出してきました。

 その昔の早川書房から刊行となって「世界SF全集」の一冊となります。

 学生時代に購入しましたので、50年以上は積読ですね。どちらもSFということ

で、未来の世界を描いているのですが、その時々に話題となった二作品が一冊に

なっています。

 ちょっと読みにくい二段組のものですが、このタイミングで読まなくては読むこ

となしに終わってしまいそうです。オーウェルの1984年は、これまで読まずにいた

のが不思議なくらいです。

 まずはハクスリーの「素晴らしい新世界」から取り掛かることにします。今は新訳

がでているようですが、まずは早川版で。刊行されたのは1932年ということですか

ら、ろそろ百年前の小説となりますが、今も読まれ続けるということは、どういうこと

でありましょうぞ。

月が変わって

 本日から10月となりました。本日は当方は朝にでかけて健康診断を受けて

いたのですが、10月1日というと全国的には「赤い羽根」で知られる共同募金

のスタートとなります。本日のニュースでは、街頭で募金をするボラティアの方

の映像が流れたことでありましょう。

 北海道の共同募金会では、まさかの使い込みがありまして、今年は街頭での

募金活動は自粛するということになったようです。あっちもこっちも不正の話題に

は事欠かないことで、そのうち不正をしても見つからなければいいのだという

ことにならないようにしなくてはですね。(もうそういうことになっているかな。)

 月が変わったので、ちょっと違ったものも読んでみましょうと思って、図書館

から借りてきた本を手にすることにです。図書館の棚にあるのを見て、これは

読めるかなと思いつつ借りたのですが、案の定で「序」を読むだけでも苦労して

います。

 「反グローバリズム」とありますが、今の話ではありませんです。副題に日本では

あまり使われない「戦間期」というのがあるように、これは一次大戦を終えて、二次

大戦が始まるまでの間となります。この間はたったの二十年ほどですので、なんとか

戦争が終わってよかったと思ったら、まもなく世間はきな臭くなっていくとなってこと

になります。

 英国ドラマの「刑事フォイル」というドラマを見ていましたら、時代は1940年頃の

ものですが、主人公は先の大戦に従軍したとなっていまして、戦間期を生きていた

人は、このような感じであったのかと思うことです。

 現在のグローバリズムというのは米国発であることが多いのですが、戦間期に

おける米国の存在感は、まだまだでありましたので、ほとんどは欧州発のものであり

ます。

 この本の「序」では、次のように書かれています。

「シュテファン・ツヴァイクもジョン・メイナード・ケインズも、第一次世界大戦によって

もたらされたさまざまな変化を分析したことがよく知られている。両者はそうした変

化を、人、モノ、資本が国境を難なく越えて行き来していたグローバル化の黄金時代

の終焉として理解していた。しかし失われたグローバリズムの世界に対する両者の

まさにノスタルジーが、グローバリズム破綻のさまざまな原因に関する重要な手がか

りとなる。両者がグローバル化と結びつけたさまざまな自由はごく限られたエリート

の特権だったことが、どちらの男性にもあまりよく見えていなかった。」

 当方は、「序」にシュテファン・ツヴァイク「昨日の世界」からの引用があるのを見て、

これを借りてみようと思ったのですが、ずいぶん昔に「昨日の世界」を読んだきりで

すが、この時代に読んだら、どんな感想をもつだろうかと思うことです。(その昔には

みすず書房からツヴァイク著作集がでていたのですから、人気あったのですよね。)

夜に集まりあり

 明日は年に一度の健康診断の日でありますが、めったにないこと本日の

夜に集まりがあって出かけることになりました。明日のことを考えると食べる

ものにもすこし気をつけなくてはいけないのですが、なんとか無事に終えて、

戻ることができました。

 集まりは卒業した高校のクラス有志に、他のクラスのゲストを加えた18人の

ものですが、クラスメンバーが久しぶりに神奈川から帰省したので、それを機に

集まったものです。この年齢になりますと、生きているうちにあと何回会うことが

できるかと思うことで、あの時に出ておけばよかったなというような悔いを残さ

ないようにしなくては。

 自宅の最寄り駅の駐車場に車をとめて無人駅のホームで列車を待ちました

が、駐車場をでたところで、カササギの家族(?)を見かけたので、こちらでは珍し

くはなくなっている鳥ですが、全国的には生息地が限られているので、持参の

スマホでパチリです。(ちょっと距離があったろうか)

駅近くの空地にカササギ ロシアから渡ってきて定住といわれています

 駅で待っていたら、乗車予定の普通列車が15分遅れで、それの接続列車に乗る

のができなくなるというアクシデントがありましたが、なんとかその次の普通列車に

のって、集まりには10分ほどの遅刻で済みました。なんといっても走っている本数が

少ないですので、列車遅延にはヒヤヒヤすることです。

 列車のなかで読むために本を持参でありますので、少々の待ち時間がでても、そ

れは耐えられるのでありますね。列車に座って本を読んでいるとうとうととすることが

ありますが、無人駅のホームで立って本を読みながら列車の到着を待っている時は、

眠くなることはありませんですから。

 本日も持参本は、皆川博子さんの文庫本となります。(このところ移動の時しか

読んでいませんので、なかなかページが進みません。)

 現在も新刊で入手できる皆川博子さんの短編集。日下三蔵さんは、皆川さんの

作品はいつでも書店で入手が可能であるべきという持論を展開していますが、この

作品集は、そうした一冊で、元版は1998年集英社とありますので、20年以上も前

の作品。こちらは日本を舞台にした幻想小説ですが、この前に発表されたのは「死

の泉」でありますので、あまりの世界観の違いに驚いてしまいます。

 「ゆめこ縮緬」に収録の作品は、不思議な味わいのものが多く、ぼかされて書か

れていることもあって、読み手がぼかされているところを想像力で補うことが必要

となります。これが小説を読む楽しみにもなるのですが、もっとはっきり書いてよ

とも思うこともありでしょうか。

死の泉

死の泉

Amazon