山に初雪

 秋の天気は変わりやすしです。本日は予報では晴れで、最高気温は11度で

ありましたが、急に雲がでてきて時雨となったり(あられを思わせました)、また

青空が広がったりでした。結局のところ最高気温は11度まであがったようです

が、体感としてはずいぶん肌寒く感じました。

 午後に外出した時に、町から見える山は真っ白になっていました。今年の

初冠雪とあります。明日は山もお天気がよろしいという予報で、気温も本日よ

りは上がるとありましたので、今年最後の山行きを計画していたのですが、

どうなりますでしょうね。まずは、朝起きて山の状態を確認することからですね。

 図書館から予約本の準備が出来ましたとありまして、受取りに行こうかなと

思ったのですが、お願いしているうちの一冊だけでしたので、これは二冊揃っ

てからのほうがいいかと、二冊目の連絡を待つことにです。

 図書館から借りている本の返却日がせまっているので、読んでしまうのは

読んで返却、その他はまた借り出すことにする仕分けです。長く借りているか

らといって、ページが稼げているとは限りませんで。

 読むことができていない図書館本といえば、次のものですね。

 これはなんとかしなくてはと、手にしてなかをのぞいておりましたら、次の

ようなくだりがありました。

「雑誌のバックナンバーは一度失われると入手がとても難しい資料で、当時

何となく複数の図書館でそれぞれ手分けして保存し、補い合うような、知の

共同保存の感覚を持っていました。」

 研究者の方が、初出をチェックするとすれば、それは雑誌であったりする

のですが、雑誌のバックナンバーというのを研究者の求めに応じることがで

きる図書館というのは限られていることです。

 当方も本の処分で、頭を悩ましているのは雑誌でありまして、それもほとん

ど捨てられてしまうであろう出版社のPR誌であります。当方は紙ものは捨て

ない人でありますので、岩波「図書」などは何十年分もあるはずで、その他に

新潮「波」とか、文芸春秋社「本の話」などもそこそこあります。当方が一番

貴重と思っているのは、筑摩書房からでている「ちくま」でありまして、これは、

創刊時から、ほぼ(二冊くらい欠けあり)揃っているのです。

 「ちくま」については、この場で揃っていますよと記しましたら、なにかの

折に、当方の「ちくま」を使わせてもらいたいといわれて、みかん箱に二つほ

どお貸ししたことがありました。

 これは当方で架蔵するものでは一番価値(値段の価値ではなくて)のある

ものかもしれませんが、さて、このコレクションはどうしたらいいのかな。

 本日に、本をしまい込んであるあちこちをチェックしたら、ダンボールに入っ

たPR誌がうんざりとするほどありまして、年内にこれを処分することにします

が、きっと「ちくま」だけは取り置きするのかな。 

本日は「モンブランの日」

 本日が「モンブランの日」というのは、我が家だけの話でありまして、我が

家を一歩でましたら、それはなんのことかなとなることです。まあ、このような

記念日も、我が家でも話題にならなくなるのかもしれません。

 本日はお菓子やさんで、ケーキのモンブランを買ってきまして、夕食後に

コーヒーに合わせていただくことにしました。

このところ買っているのは「和栗のモンブラン」 シャトレーゼ

 本日は朝起きましたら雨となっていました。道路には落ち葉でありまして、

これは雨があがったら、掃除をしなくてはいけませんです。先日に市内の紅葉

の名所へと見物に行った時に、今年の紅葉は今一つだなと思ったのですが、

今回の雨で、紅葉の見頃は、終わってしまったでしょう。

 車で動いていましたら、街路樹のナナカマドの赤い実が目立つようになって

います。

 昨日まで読んでいました小林恭二さんの「三鬼」はなんとか最後のページまで

たどりついて、新作の小説を読んだのは久しぶりで、面白かったですよ。昨日も

記しましたが、小林恭二さんはこのような作風の人であったろうかと思って、

若い頃の小説も読んでみようと思いました。図書館蔵書検索をしてみましたら、

閉架書庫にあることがわかりましたので、それを読んでみようと予約をしてみ

ました。あれこれ読むものがたまっているのに、うまく時間はとれるでしょうかね。

 小林さんの小説が横入りしたために、それまで読んでいたG・オーウェルの

「1984年」は、ちょっとおかれていました。本日に再開したのですが、これまでの

ところをほとんど忘れてしまっていることです。まあいっかかまってないでありまし

て、とにかく、栞をはさんでいたところから、続けて読むことにです。

 小林恭二さんの「三鬼」を読んでいましても、「1984年」に通じる話題があるこ

とです。こちらの舞台は昭和15年の大日本帝国、これを三鬼に語っているのは

当時の警視総監 安倍源基(実在の人物で、内務官僚)です。

「特高部長就任にあたって本職は徹底的にソビエトを研究した。その結果、彼ら

がおそるべき敵であることを認識したのだ。彼らはある面で本職が理想として

いる国家像を実現していた。彼らはその内部にあってあらゆる異端を許さなかっ

た。考えうるすべての組織に共産党員を送り込み、監視監督をさせた。あらゆる

不満分子は蕾のうちに除去され、決して花開くことはなかった。本職はひどく

感心したが、欧州の新興国家はすでに多かれ少なかれソ連国家を模倣してい

た。ファシズムもナチズムも機能的な部分はすべてボルシェビキの模倣だったと

いっていい。」

 昭和15年に安倍源基が、このような認識を持っていたのかどうかはわかりま

せんが、最近の強権国家といわれる国々のルーツが、ボルシェビキソビエトであ

るというのは、なんともいえない歴史の皮肉であります。G・オーウェルがソビエト

を念頭に、「動物農場」を発表し、その後に「1984年」でありますからね。

 国のトップが強権国家を目指す時に、まず取り組むのは公安部門の強化で、

官僚のトップに公安部門出身がついたりするときは、そうとうに危ないということ

になるようです。

三鬼

三鬼

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布団を車に積んで

 本日はお天気がよろしでありまして、懸案となっている隣家の片付けに

取りかかることになりです。本日は押入れに入っている寝具系の整理を

しました。

 その昔でありましたら、車に布団を積んでといいますと、家を離れて下宿

生活のためであったりしたのですが、この年齢になりますと、車に布団を

積んでの行き先は、ゴミ処分場であります。指定の一番大きなゴミ袋に収ま

らないものは、大型ごみとなりまして、日にちの打ち合わせをして我が家ま

で収集に来てもらうか、そうでなければ処分場まで自分で運んでいくことに

なります。

 後部シートを倒した車に積めるだけの寝具(新品同様のものもあるので

すがね。)を積んで、20キロほど先の処分場まで行き、手続きをしてから、

自分で排出することにです。本日の重量は60Kg、処分費は840円でありま

した。このくらいの処分でも、なんとなくやったという感じになります。(この

他にも40リットル袋に6つほど衣類を詰め込みました。これは収集日に)

 とにかく片付けは「冬が来る前に」やらなくてはです。昨年の手帳を見てみ

ましたら、20日過ぎには最低気温がマイナスとなっていますからね。我が家

の庭木の紅葉も深くなってきて、バラも花を開くのがいっぱいいっぱいに

なってきています。

サー・ジョン・ベッジマンとアブラハムダービー

庭のバラを切り花に シャルレーヌ・デュ・モナコ、ユリイカなど

 本日のこの他の作業は、昨日に続いてのパン作りと、あとはすこしの読書と

なりです。パンは、酵母種の残りで、山型パン一本とミニバケット二本ですが、

いま焼きに入ったところで、ちょっといい匂いがしてきました。

 本は、図書館から借りている「三鬼」ですが、残りは60ページくらいですの

で、普通に読めば本日中に最後のページにたどりつきそうですが、なにしろ

作者17年ぶりの新作でありますからして、そんなに先を急いでどうするのかで

あります。

 この小説を読んでいましたら、なんとなく当方が愛読している辻原登さんが

取り上げそうな話題と展開でありまして、小林恭二さんの初期の小説というの

は、どんなものであったのだろうと興味を覚えました。

 小説ではありますが、西東三鬼という人は、俳人として名前は承知していま

したが、このようなエピソードを残していたのでありましょうか。それにしても

本の表紙絵には「三鬼」とあってカンカン帽(?)に、金色のメガネというのが

不気味でありますね。西東三鬼、本名は斎藤敬直とありますが、三鬼とは

よくできた俳号です。

三鬼

三鬼

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我が家のMade in USA

  本日はあれこれと忙しい一日となりました。朝食と並行してパンの仕込みを

行い、そのあと家人の足の確保をして、その足でトレーニング施設へと行き、

一時間ちょっとで切り上げて、家人のお迎えへと行くことにです。

 午後からはパン作業で、二次発酵の合間に本を読んでおりました。

 本日は酵母種の出来がとても良くて、順調にあがってくれて、いつもこうで

あればいいのにと思いました。

 焼き上がったところで、いつものように本日のパンを写真に収めることとなりま

した。あわせて、オーブン作業では欠かすことのできないミトンもぱちりです。

プレーンの山型パンは、全粒粉いつもより少なめの配分。レーズンは全粒粉半分。

使い込んだミトン。右にあるのがより古いのですが、作りがよろしです。

 オーブン作業では必需品のミトンでありますが、これがちゃんとしたものを、

あまり見かけないのですね。花柄のついたミトンなどではなくて、このような実用

一点張りのものが普通に売られていればいいのにです。

 左のものは、安価なもので、一見して劣化しているのがわかります。それとくらべる

と右のものは、左よりも古くから使っているのに、裏面にすこし表面が剥がれてきて

いるところがありますが、まだまだ大丈夫という感じです。

 今から20年以上も前に業務用の調理器具を扱っている市内の店(いまは店は

なくなりました。)で買ったもので、これはすぐれものです。ノーブランド品なのです

が、タグにはMade in USAとありました。

 今はモノつくりなんかやっているのかと思いますが、こういう無骨なものを作らせ

るとUSAは強さを発揮ですね。最近は、本当にMade in USAのものは姿を消して

いるのですが、トランプ嫌いの当方でも、これはUSA製品がいいなと思うのは、

VitamixのミキサーとVitacraftの鍋(こちらはアジアで作られた製品もありますが)

でありまして、どちらも頑丈でありまして、長く使うことができるのが良いことです。

(もちろん、どちらもトランプ、マッカーシー以前からのUSAのメーカーです。)

 その昔は、USA製のオーディオ製品というのは、あこがれでありました。当方は

お小遣いをためてやっとこさ中古のマッキントッシュのアンプを買い、JBLのユニット

を入れたサンスイのスピーカーを揃え、Shureカートリッジを持っているのですが、

最近の若い人にはアピールしないでしょうね。

 当方が高校の頃は、町に米軍の基地がありまして、兵隊と友達になった人の中

には兵隊が国に帰る時に、兵隊からアンペックスのテープレコーダーをもらったなん

ていう話があって、うらやましく思ったものです。

 

「あこがれの老年時代」かな

 神沢利子さんが亡くなったと知って、これはいよいよ神沢さんの「流れの

ほとり」を読まなくてはいけないなと思いました。これまで何度も読みましょうと

思ってのぞいたりしているのですが、いつも途中で終わっていました。

 先日に安価で梯久美子さん(札幌育ちで、出身高校は大泉洋さんと一緒)の

「サガレン」を購入したこともあって、今読んでいる本に区切りがついたら、梯

さんのものや、神沢利子さんの「流れのほとり」、それにどこかにしまってある

だろうチェーホフ「サハリン島」などを積んで読むぞと思っておりました。

vzf12576.hatenablog.com

 そう思って「流れのほとり」を探してみたのでありますが、本日の捜索では

見出すことができずでありました。あれ、どこにしまいこんだでありましょう。

 この場では、神沢利子さんを話題にしていたことはあったろうかと思って

記事の検索をしてみましたら、2010年1月に当時出ていた「考える人」の特集

に登場して、その時に言及しておりました。亡くなったのは102歳とありましたの

で、16年前は80代でありました。

 「考える人」の特集は「あこがれの老年時代」というもので、神沢さんは編集部

のインタビューにこたえています。当時85歳で、編集長は松家仁之さんでしたが、

この時のインタビュワーは女性の方でありましょうか。

 「あこがれの」とあるのですから、健康で、自立していて、あとから続く人たちか

ら、あのようになりたいなと思われる人であるということですね。

 このインタビューで、神沢さんは次のように語っていました。

「『おばあさんになるなんて』という本を出していただいたのは、いまから十年ほど

前だったと思います。75歳のときでした。・・・・・

 ずっと前のことですが、あるとき、まど・みちお先生の奥さまに、いつからが老後

なんでしょう、とうかがってみましたら、『75歳からよ』とはっきりおっしゃった。

いまでは60代なんていうのは、まだ半分若いですよね。・・・

 このごろは長寿の時代ですから、先輩もわりあいいらっしゃいます。まど先生が

百歳になられて、お元気で、もう生きてくださるだけでうれしくて、ありがたいと思い

ます。わたしはいつまで生きられるかわからないですけれど、これからあともしばら

くあるのかなという感じでいます。」

 85歳で、「このあともしばらくあるのかな」というのが、16年になったことになり

ます。今ころになって、神沢さんが当方の母と生年月日が、何日しか違わないこと

に気がつきました。当方の母は、83歳の時に脳出血のために半身不随の車椅子

生活となりましたが、97歳まで元気でありましたので、大正の人には学ぶところが

多いことです。

 

10月の作業といえば

 10月下旬のお天気のよろしい日には、台所の排水管掃除をすることに

しています。今年もそろそろかと思っていましたら、このところ急に排水の

流れが悪くなって、予定を早めて本日に作業をすることにです。

 朝食を終えて洗い物などが一段落してから、おもむろにシンクの下に

ある排水トラップとホースを取り出して、外に持ち出し、散水ホースから

勢い良く水を排水ホース内にかけて、汚れを落としてしまうことにです。

 外すよりも取り付けのほうが時間はかかるのですが、なんとか今年も

終えることができました。自分でできなくなったら、これは業者さんに依頼

することになるのですが、まだ大丈夫と思いたいこと。(我が家のキッチン

のメーカーの排水トラップは、詰まりやすいと評判が悪いようです。それは

知らなかったな)

 本日の新聞朝刊には読書欄があって、そこで取り上げられている本を

見るのですが、これを見て図書館へと走ったりすることはなしでありました。

ちょっと残念でありますが、まあ最近は、地元紙で取り上げられていた小林

恭二さんの「三鬼」を図書館から借りているから、ひと月に、一冊でも二冊

でも読書欄の本がヒットすればよろしいか。

 ということで、本日の午後は「三鬼」を読んでおりました。この小説は会話

が中心でありまして、読みやすいものとなっています。小林さんのものらしく

俳句の世界を覗き見もさせてくれています。

 そうなのかと思ったのは、次のくだり。

 正岡子規から「ホトトギス」を引き継いだ高浜虚子についてのことです。

「虚子は当初いやいや『ホトトギス』を相続したようだが、途中から思いなおし、

『ホトトギス』誌の経営に尽力するようになった。

 虚子はここでひとつの戦略を立てた。近代的守旧派とでもいうべき旗を掲げ

たのだ。虚子はまず、より進歩的な河東碧梧桐を徹底的に攻撃し、伝統的な

『花鳥諷詠』こそが俳句の本分であると唱えた。その一方で『ホトトギス』編集

部を当時もっともモダンな場所とみなされていた東京丸の内ビル内に置き、

ここから発信される近代的でおしゃれな俳句雑誌という体裁をとった。・・

次々とスターを発掘し、『ホトトギス』で巻頭を取ることは即俳壇の頂点に

立つことだというイメージを流布させた。」

 小林さんに言わせると、「俳壇とは彼ならびに彼の弟子を指す用語であった。」

というほどで、「俳句幕府を作って全国を統一した。津々浦々の俳人は虚子に

対して御恩と奉公の関係を結んだ。」であります。

 これを読んでなるほどなと思ったのは、数ある俳句会のなかで、主宰が代々

一族で継承されるのは「ホトトギス」のほか、あまりないということです。(短歌

の世界では「心の花」がそうなのかな。)

 「ホトトギス」を俳句幕府と呼んでいるのですから、その初代は虚子で、その

後継はみな高浜家の人というのは、納得できることでありまして、家元制度の

ようになっているとも言えるのでしょう。

 それとは、まったく断ち切れたところから三鬼はでてくるのですね。なるほど。

三鬼

三鬼

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「本の雑誌」11月号から

 数日前に「本の雑誌」11月号が届いておりました。当方は定期購読をして

おりまして、毎年11月号には購読更新のための振替用紙が同封されている

ことから、まずは郵便局へと行って購読料の払い込みをすることにです。

12月号から来年11月号まで、またよろしくお願いしますよ。

 ということで、「本の雑誌」11月号は、特集は「東野圭吾」さんで、巻頭の

「本棚が見たい!」は、礒崎純一さんのものでありました。

 本棚の主 礒崎純一さんといえば、国書刊行会の編集長を勤めておら

れた方でありますし、澁澤龍彦についての著作もありますからして、それら

の書物が本棚にあるのは、容易に思いつくのでありますが、それじゃ他には

どのようなものがあるのかですね。

  礒崎さんの書棚は、カラーで5ページにわたって掲げられているのですが、

最初のページは、ほぼほぼ背表紙を判読することはできるものの、見開きの

ページはちょっと遠くからの写真でありまして、ほとんど読み取ることは出来ず、

虫眼鏡を目にあてて見ても判然とせずでした。

(スキャナーで読み込んで、拡大すれば、もうすこし読むやすくなるだろうか。)

「元々書庫に並ぶのは海外文学、幻想文学、澁澤龍彦の著書と関連書、全集類

などで、作家別に分類されている。」

とありますから、澁澤龍彦さに関する本は、ずいぶんとあるのでしょう。

 最初のページの写真だけを、取り込んでみました。

本の雑誌 本棚がみたい! 礒崎純一さんのもの

  一段目棚でありますが、左端に永井荷風、小沼丹(未知谷)、西脇順三郎

(筑摩書房)とあって、二段目の棚は、全部澁澤龍彦ですね。三段目は内田百閒

全集(講談社)と国書刊行会からでた久生十蘭全集のようです。

四段目は日夏耿之介全集(河出)でありまして、これは興味深いことです。

 このなかでいくと、荷風、西脇は三田つながり、日夏と小沼は早稲田英文と

いうことになりますか。そのように考えるとここに内田百閒全集というのが、仲間

はずれのようでもありますが、この場所に百閒先生があるというのは、礒崎さん

は百閒先生のことをかなり好きであるということですね。

 やはり内田百閒全集といえば、この講談社版にとどめでありましょうか。

この全集は二段組で、文字が小さいのが難点でありますが、それであるので、

全10巻に収まったともいえることで。(遅れてきた百閒ファンは、この版を入手す

ることをおすすめです。)