本日の天気予報では午後から雨とのことですが、雨になる時は気温が
高くて、外仕事にむいています。本日はトレーニングがお休みとなります
ので、午前に支度をして外仕事をすることにです。
隣家の玄関には、亡母が倒れて車椅子利用となった時に、車椅子で
容易に玄関にたどり着けるようスロープを作ってもらったのですが、これ
が20年経過して、ボロボロになっていることから、これを撤去することに
です。ほとんど下地の木部はくさっているので、すぐに除去できるのですが、
たいへんであったのは、スロープの上に敷かれているゴム板でありまして、
これをゴミとしてだせるようにナイフを使ってカットすることでした。
なんとか大きな40リットルのゴミ袋に押し込んで、ゴム板は本日に処分
し、木材はひどく腐っているのは土に返し、使えるところは花置き用にでも
してみようと思っています。
20年ぶりで、隣家の玄関前がすっきりしました。
この作業の後には、物置から車の冬タイヤを取り出してきて車に積込み
ました。タイヤ交換の予約を13時にしていまして、まずは積んでしまえば、
あとはタイヤ屋さんへと行くだけです。
物置でタイヤを積みましょうと思って、中腰になって物置の本棚を見ました
ら、そこになんと探していた神沢利子さんの「流れのほとり」がささっていまし
た。これまで、何度か物置の棚を探した時は、目に入らなかったのですが、こ
のようにわかりいいところにあったのに、本当に不思議なことです。あまりに
でてこないので、これは図書館から借りましょうと思っていたのですが、よかっ
たことです。

朝日新聞11月4日「折々のことば」は、神沢利子さんの著書から「ことば」が
ひかれていました。
「わたしは自分がまさに死のうとする時、自分を人間の老女と思っているかあや
しいと思う。」
この言葉は、神沢さんの「同じうたをうたい続けて」にあるものだそうです。
現在、図書館から借りている神沢さんの「おばあさんになるなんて」にも、似た
ような話があることです。(同じうたをうたい続けるのですから、当然のことです。)
「年とともに、内側と外側との境界線があいまいになってきちゃった。わたし自身は
どんどん透明で、すきすきになってきている。もう、好き勝手に、動物やらおなべやら、
わたしの中から外に、外から中に行き交ってるの。」
神沢さんは、年とともにと記しているのでありますが、当方などは年を重ねても、
「内側と外側との境界線があいまいになる」ことはなくて、やはり、これは神沢さん
の能力なのでありましょう。














