遠い世界の話

 図書館から借りてきた森まゆみさんの「聖子」を読んでおります。

 たいへん面白く、興味深い逸話が多く盛り込まれていて、勉強になることで

ありました。

 この本は二部構成で、林聖子さんの父親となる画家 林倭衛さんを中心にした

人的なネットワークを描いている戦前編と、早くして両親をなくした聖子さんが

一人で生きていくなかで、出版社に仕事を得たり、その後バーに勤めを経て、独

立して店を開き、そこに多くの文化人が集まって、文壇バーとして有名になるの

を描いた戦後編に分かれています。

 森まゆみさんが林聖子さんに関心を持ったのは、もちろん父親のネットワーク

を調査しているなかで、当然のこと聞き取りをしなければならない重要な人物と

して認識したからであります。

 本当にそうでありまして、戦前からのアナキスト・ネットワークというのは、

林聖子さんと通して、どのように引き継がれていったかでありますね。(聖子

さんがアナキストというわけではなく、彼女の店にはそうした流れの人たちが

集ったということで)

 森まゆみさんが文壇バーに集まる文化人たちに関心があっての聞き取りという

か、むしろアナキストたちを追いかけていて聖子さんにたどりついたということ

がよくわかりましたです。

 聖子さんが愛した男たちのことが描かれていて、そうであったのかと思いまし

たです。なかでは大きくページを割かれていた出英利さんのところに、はさみこ

まれていた中村稔さんの話がよかったことです。(たしか中村稔さんの「私の

昭和史」にも出英利さんは登場したはずですが、今は確認できず。)

 それにしても、登場するかなりの人たちが大酒のみで、しかもすこし酒乱気味

でありますからして、これは下戸の当方には近づきたくない人であります。

(当方にはとうてい編集者のような仕事は勤まらないと思うことです。編集者と

しての能力はおいておくとして、夜の付き合いはまったくだめでありますからね。)

 文化人というような人たちがたむろしている場所というのも、また苦手であり

まして、濃密な人間関係というよりも、ちょっと距離をおいた関係のほうがよろ

しと思います。

 そんなことで、描かれている世界は興味を覚えるし、逸話は楽しいのでありま

すが、近づきたいとは思わない世界でありますね。

 一番共感したのは、森まゆみさんと林聖子さんのお二人ともが子どもをなして

から離婚された男性の出身地が北海道であったことと、それに関して森さんが

次のように言ってくれているところ。

 「北海道の人はおおらかで人がよすぎる、わかります。」

 しっかりとした女性は、おおらかな人を好きになって、そのあと捨てるという

のが、この本を読んでの教訓でありますか。