読む方はさっぱりでありますが、図書館から借りている本に、年が明けて
から購入したり、入手したものを合わせますと、実に充実した積読生活を
送っておりまして、本の山を見ながら、にやにやとしているのは、どうにかし
ていると、自分でも思うことです。
年越しから「戦争と平和」を読みついでいたのですが、最後に置かれて
いた「エピローグ」という章の、おしまいのところは、トルストイによる歴史論
のようになりまして、この作品は、このような終わり方になるのかと、ちょっと
とまどうことにです。このへんは、さーっと流して読了ということにしました。
その昔に「トム・ジョーンズ」という小説を読んでいた時に、各章の始めに
小説論(だったはず)がおかれていて、どこかを見たら、それは飛ばして読ん
でもまったく問題なしとあったので、その部分は割愛して読みすすめたこと
がありました。
そんなわけで、やっとこさ積読本崩しにとりかかることができるようになった
のですが、年明けから犬も歩けばで、本屋に入ったりしますと文庫新刊で気に
なっていたものなどが見つかって買ってしまうことになりです。
本日も神社に古い御札とか正月飾りを収めにいった帰りに、本屋にたちよ
りましたら、チェックしていた文庫新刊を入手です。
小学館文庫は本屋さんでは目立つ場所にはなくて、しかも入ってくる部数が
少ないものですから、行きつけの本屋では目指す新刊が見つからなかったり
します。今回は、別のモールの書店で一冊あったのを確保することができまし
た。
佐藤正午さんには、「正午派」という著作がありまして、今回の文庫は、これに
増補したものになるとのことです。
この文庫に収録のもので一番最後に書かれた文章と思われる「あとがき」を
見てみることにです。
「もとの『正午派』からは、約130頁分あった『Y』の映画脚本を外してあり、
代わりに2010年以降の年譜および本の書影とその間に僕が書いたものが
足されているから差し引きチャラで、この文庫も結構な厚みを持つし、それなり
の定価で売られると思う。ただ正直な気持ちを言うと、本を売る側が言っては
いけないことかもしれないがあえて言うと、この本で儲かるとは思っていない。
もちろん小部数でも出版されれば作家には印税が入る。でもそれは、顰蹙を
買うだろうが競輪やって運さえ味方につけば一日で簡単に稼げる程度の
金額である。」
あとがきは正午さんらしさがいっぱいであります。正午さんのこの本の印税
というのは、いくらくらいでしょうね。発行部数はすくなそうだし。
