図書館から借りている「1945年に生まれて 池澤夏樹 語る自伝」を手に
しています。書いたものではなく、語りでありますので、読みやすくて右から左へ
と抜けていきそうであります。
本日は「全部小説の話」という章を読んでおりましたが、小説は二十六作を
数えるとありました。聞き手の尾崎さんは、全小説を読み直して、試みとして池澤
小説作品の俯瞰図を作成して、それが一ページをしめています。
どういうわけか(この本にその理由に思える記述があるようです)、当方は池澤
さんの小説作品はまったく読むことが出来ておりません。これまで読んで見よう
と思って安価で購入したのは、北海道にゆかりの作品「静かな大地」しかないは
ずでありまして、それさえも積読というのですから、当方は小説家池澤夏樹さんと
は、ほぼお付き合いをしていないようです。
今はそうではないのでしょうが、池澤さんのデビュー頃の売りが理系の小説家
ということで、理系に弱点を抱える当方は引いてしまったのでありましょう。
「物語を意図的に作ろうというよりも、自分の中から何が出てくるか、それさえわか
らない状態から始めたわけです。そうしたら案外、鉱脈があった。その一つがさっき
も言った理科。これなら競合する相手はいない。しかし、理科でめくらましして文学
的なことを補ったり、その反対にしてみたりっていうふうに、両方の世界を蝙蝠のよ
うに行き来している後ろめたさがしばらく続いていました。」
理系という得意分野で小説を発表していけば、競合する相手はいないというの
は、そうでありましょうね。これが当方が池澤さんに距離をおいてきた理由でありま
しょう。
それじゃ、どこで池澤さんと接点ができたのかなと思いましたら、このあたりであ
るようです。
「二週間に一度開かれる、『読売新聞』の読書委員会に加わったのもこの頃でした
よ。英語圏の本に詳しい篠田一士が座のボスで、『これは本当にやっぱり、どうし
たって紹介すべき立派な本なんだ、池澤君、やりたまえ!』と分厚い本を指名して
くる。書評に書くべき本を次々に指示されて、はいはいと引き受けていた。一時は
隔週で書いていました。」
この頃とは、1980年代の半ばくらいであるようです。当方は篠田一士さんの
ファンでありましたので、篠田さんが関わっていた頃の読売新聞読書は、そこそこ
チェックをしておりました。その時代の書評は無署名でありますので、どれがと思い
ますが、その時に書評を目にしていることは間違いなしです。
当方が最初に手にした池澤本は、「読書癖」でありました。この最初の一冊は、
たしか北海道新聞に寄せた書評をまとめたものであったはずですが、この本が
たまたまでてきたので、ちょっとのぞいて見ることにです。
あとがきに次のようにありました。
「さる新聞で一冊の本を数百字で紹介するという仕事を四年続けて、それが百冊
をこえた時には、さすがにこの種の仕事からしばらくは遠ざかりたいと思った。」
これが読売新聞のことですね。これに続いてのところです。
「大新聞の書評担当を降りた後で、習癖としての読書について書くにちょうどいい
軽いコラムの欄を預かって、週一本ずつ三年間続けた。北海道新聞という舞台は、
自分が生まれてしばらく育った土地の新聞ということもあって、気楽で書きやすかっ
た。」
北海道新聞のコラムは1988年1月スタートとありますが、この時代には、当方は
北海道新聞の読者ではなかったことです。しかし、まもなくこれがまとまって一冊に
なったのですね。
