ありえへん人 4

 本日も加藤九祚さんの「天の蛇」を手にしておりました。
 本当に時間がかかった労作でありまして、完本となったことで、これが加藤さんの
代表作といってよろしいでしょう。この本など、文庫本となっても不思議でないもの
です。本来ならば河出文庫でしょうが、最近の河出文庫とはカラーがあいませんので、
他社から声がかかるのを待つことになるのでしょうか。(そういえば、元版が河出か
らでていた足立巻一さんの「やちまた」は、中公文庫入りでしたですね。)
 ニコライ・ネフスキーは、どうして革命後のロシアへ帰国することになったのかで
あります。これについては、「日本での地位が不安定であったから」とか「革命後そ
の筋の目が自らの上に光るようになって」ということがいわれていますが、加藤さん
は、次のようにいっています。
「私は思うに、帰国の最大の動機は、レニングラードにある世界でも最も豊富な資料
を使って、世界でまだほとんど未開拓の西夏語を徹底的に研究することであった。
地下から発掘された謎の言葉の持つ魅力、それは、なにごとによらずオリジナルな研
究を尊ぶネフスキーの学問的情熱をどんなにはげしく揺さぶったことだろうか。
学問を個人的な打算の上におくことは、真の学者の宿命であると思われる。」
 革命後のロシアに戻ったら、どういうことになるのかということよりも、そこにあ
る豊富な資料という宝の山のほうが魅力であったということで、結局はこの帰国が
ネフスキー夫妻の命を奪うことになってしまいました。
 完本版のあとがきから引用です。このとき、加藤さんは89歳となっていました。
「私はこの本を書く過程でネフスキーから間接的に教えられたことは多いが、その中
で最たるものは次のようなことである。・・『他人のやらない新しいことをやれ」と
いう言葉である。・・私自身、75歳から今年で13年目、中央アジアウズベキスタン
のテルメズで仏教遺跡の発掘を続けているのも、この教えにつながっている。」
 今月はじめにウズベキスタンにわたって、そこで病気で亡くなった加藤九祚さんは、
間違いなく「学問を個人的な打算の上におく」ことを貫いたのでありましょう。