先日に正月行事をやっていたと思ったら、今月の残りも10日ほどになる
ことです。TV番組を録画しているレコーダーの空きが少なくなっているので
すこし整理しなくてはと思って、レコーダー二台に残っている録画リストを
チェックしていましたら、数年前に放送のあった「魂を継ぐもの 破滅の
無頼派・西村賢太」が目にはいりました。2023年11月に放送があったもの
です。
そういえば、突然に亡くなった西村賢太さんは2月5日が祥月命日であり
ました。亡くなったのは2023年か。(突然に亡くなったといえば、坪内祐三
さんもそうでありまして、こちらは2020年1月13日ですから、日々疎くと言わ
れますが、こちらもそのようなことはなしであります。)
最近図書館から借りてちびちびと読んでいる笙野頼子さんの本には、次の
ように書かれているのでした。
「私と同じ私小説家の西村賢太氏は芥川賞受賞で流行作家となり、糖尿病
のため五十代で左目を失明した。この手術に高額の多焦点レンズを使い、長く
視界の青みや強すぎる光に苦しんだとある。しかも光の不具合に半年以上か
けてやっと慣れたのに、タクシーのなかで突然死んでしまった。
何の交流もなかったしパーティーで見かけても話すこともなかったが、五年
間だけ立教大学の特任教授をした時に短編を授業で読解したことがあった。
女性を殴る暴力男性の醜悪さを徹底して書いていて私は本人を怖かったが、
それでも読むべき技術のある優秀な書き手だった。貧乏や口卑しさを品位こみ
の小心さで描いていて、私小説の白眉と言うしかない皮肉。」
別なところでは、次のようにもあります。
「大学では基本、小説の書き方以外教えなかった。いくつかの私小説と『千の
プラトー』の読解をやったけれど、それらは一部の学生にしか受けなかった。
院生たちが一番喜ぶのは作家の貧乏話、小説については朗読を重視して
実践的改善法しか教えなかった。」
笙野さんが立教大学で教えていたのは2011年から2016年まで大学院でと
のことですから、西村さんはちょうど芥川賞を受けた頃のことになります。
芥川賞を受けた頃には、すでに文庫に収録の小説も多くあったのですが、笙野
さんが授業で読解したという小説はなんであるのでしょう。
それにしても、笙野さんの西村賢太への評価は高いことでありますね。
笙野さんは、貧乏私小説作家を継続中でありますが、西村さんも売れっ子に
なった私小説作家というのは辛いことですよ。


