本日は年に一度の新年会でありまして、17時を過ぎてから車ででかける
ことにです。以前はバスに乗ってでかけていたのですが、バスの便が極めて
悪くなってしまったことから、酒は飲まんでもいい人でありますので、車で行っ
て、車で戻ってくることです。
年に一度のお付き合いではありますが、まあたまにはスーツにネクタイをし
て、世間の中に入ることも必要でありましょう。これで、本日は家人以外の人と
お話をするというノルマを果たすことができました。めでたし。
図書館から借りている本の一冊が返却期限を迎えましたので、本日の午前
に近くの分館に借り換えの手続きに行くことにです。この本は閉架書庫にあっ
たものですから、借りようという人はめったになしで、いつまでも借りているこ
とができそうです。そのせいもあって、期日までに読まなくてはというあせりが
なく、ずっと未読が続くという悪循環になっています。もう一年以上も借り続け
ているのですから、どこかで読んでしまわなくてはいけないな。
調べもののための資料として借りているものは、なかをさあっと読んで、
気になるところはメモをとったりしているのですが、こちらのほうは借りている
ことが出来ているうちにメモをまとめてしまわなくてはいけないことで。
頭のところすこしだけ読んで、それから進んでいない本もありますし、思うにま
かせないことです。
本日は一年も借り続けている本を、ひさしぶり読んで見ることにです。目次を
チェックしたら、この本で笙野頼子さんの作品が取り上げられていることがわ
かり、本日はそれを読むことにしましょう。
借りているのは、「借家と持ち家の文学史」でありまして、西川祐子さんの本。
(借りているのは、元版のほうです。)
西川さんが取り上げるのは笙野さんの「居場所もなかった」であります。
西川さんは、次のように書き始めます。
「これは小説だろうか。エッセーなのだろうか。作者である『私』が1992年の
東京でひたすらオートロックつきワンルーム・マンションの部屋を探す記録が、
リアルタイムで描かれている。不動産屋で契約寸前までゆくと、そのたび契約
書、保証人、納税証明などの問題がおこる。そこで主人公『私』の生活歴もい
やおうなしにおもいだされる仕組みになっている。保証人は父親、ワンルーム
はまだ故郷の実家と電話でつながっている。」
いま借りて読んでいる笙野さんの本にも住まいのことが、たくさんでてきます。
いま住んでいるのは千葉の市川のようですが、それは猫のためでありまして、
ここには、しばらくいるようですが、笙野さんの作品を読んでいきますと、どの
ようなところに住まっていたかわかるようです。
いまの本をちょっと見ただけでも、京都から八王子にかわり、そこから小平
へとうつって、四十手前で芥川賞をとって中野から山手線環内に引っ越し、
猫を拾って家を買い千葉に引っ越したとあります。
その猫との出会いが、笙野さんを楽しくもたいへんな生活に導くのであり
ますが。猫なしの生活は考えられないか。


