気にしているつもりでありましたが、いつの間にか祥月命日は過ぎておりま
した。先月には地震があったり、遺作が文庫新刊ででたりで、故人の身辺あわ
ただしかったことでありましょう。
もし健在でありましたら、地震の発生を知ったら、すぐに被災地にかけつけた
ことでありましょうが、それもできずで、きっとあの世で気をもんでいることと拝察
であります。
そういえば、昨年の一周忌の模様はTVでも紹介されていて、それは録画保
存してあるのでした。今年はあの墓前に集まるのも大変であるだろうなと思っ
ていたのですが、さてどうなったでありましょう。
そう思っているところに、本日「本の雑誌」3月号が到着です。
西村賢太に関する情報は、当方が購読のものでは、「本の雑誌」が一番であり
まして、先月号の広告には、石川近代文学館の企画展「西村賢太が遺したもの」
の開催を知らせるものが掲載されていました。1月27日から公開とありました。
今回の号を手にして、すぐに編集後記で確認をすることです。
そこには、次のようにありました。
「前号表紙裏の広告で告知した石川近代文学館の企画展『西村賢太が遺した
もの』は一月一日に発生した能登半島地震のため、延期となりました。
石川近代文学館は一月二十九日現在も安全確保のため休館中で、企画展の
開催についても未定です。詳細がわかり次第お知らせしますのでお待ちくださ
い。七尾の西光寺も深刻な被害を受け、山門や地蔵堂などが倒壊。賢太さんの
墓も師・藤澤清造の墓も崩れた地蔵堂に覆いかぶさられるような形で横倒しに
なったということです。被災地の方々にお見舞い申し上げるとともに一日も早い
復旧をお祈りします。」
能登半島全体の被害の大きさからすれば、話題にするのもはばかられること
でありますが、能登半島を身近に感じさせるのに、西村賢太さんの力は大きかっ
たことであります。