津野さんの「最後の読書」を見ていましたら、「スキラ判」という言葉がでてき
ました。これに反応したのでありますね。つぎのような文脈です。
「私より四歳上の女性にも、いつしか同じ時代に本とのつきあいをはじめた人間
としての親愛感をいだくようになった。この方とはいちどだけ、私たちの世代(最
初の戦後世代)の読書について、みじかい会話をかわしたことがある。・・・・
あれこれ話すうちに、スキラ社というスイスの美術出版社が刊行する画集の、
『スキラ判』といして知られる特殊な判型のことが話題にのぼった。
B5判を縦に九センチほど短くした正方形にちかい判型。それがスキラ判です。
当時のスイスの高度な印刷や製本技術とあいまって、その洗練された美しさが、
1960年代から70代にかけて、デザイナーや編集者のあいだで人気をあつめて
いた。 」
「スキラ判」ときいても、普通の読者はぴんとこないだろうが、この四歳上の女
性は、「あたりまえのこととしてスキラ判の魅力について語った」ということで、
「本とのつきあいの深さが並ではないと感じた」とのです。
この四歳年上の女性は、世が世ならば児童文学を専門とする大学の先生に
なっても不思議でない人でありましたが、さるやんごとなき方と一緒になったの
でありました。
ということで「スキラ判」ですが、「スキラ社から刊行の「創造の小径」シリーズ
は同じ系統の判型で、その日本語版が十八点、70年代に新潮社から刊行され
ている。」と続いていました。
この判型をなんとか使って本ができないかということで、やってみたのが1997
年に創刊した「季刊・本とコンピュータ」となるのだそうです。
「本とコンピュータ」はへんてこりんな判型であるなと思っておりましたが、これは
「スキラ判」でありましたか。
本日はひさしぶりに「創造の小径」シリーズの一冊となる「道化のような芸術家
の肖像」と「本のコンピュータ」を取り出してきて、あわせてぱちりです。
右が新潮社からでた「創造の小径」の一冊となります。75年の刊行ですが、当時の値段
で4500円ですから、まずまず高額なもの。仕事について、まだ独身でありましたので、買う
ことができたのでしょう。左はその判型を踏襲したという津野編集長の雑誌。この雑誌は、
スポンサーが大日本印刷ですから、いろいろと実験的な雑誌作りがされています。
「道化のような芸術家の肖像」のページを開くと、このような感じであります。
余白たっぷりで、レイアウトも斬新な感じ。若いデザイナーや編集者が影響を受ける
のも納得です。
こちらが「本とコンピュータ」を開いたところでありますが、余白は少ないものの、
写真に手書きの方向線をのっけているところなど、ずいぶんと手がこんでいること。
こんな雑誌が今あれば買うのだけどもな。