先日にインターネットで予約を入れた図書館本の用意ができましたと、
メール(どういうわけか、図書館からのメールは迷惑に判定される)が届きま
した。今回の本は、図書館の閉架書庫にあるものですから、予約をしなくては
手にすることができませんです。
ちょっと古い本で不人気のものは、閉架書庫に入ることになりますが、たま
にはおひさんにあてなくては、そのうちスーッと姿を消しかねません。
ずっと図書館から借りつづけている西川祐子さんの「借家と持ち家の文学
史」も閉架にあったものでした。これはもちろん元版のほうでありまして、三省
堂からでているものです。
この本は帯に「近代日本文学の歴史とは、自分の身の置き場所を求めて、
引っ越しや移築をたえずくりかえす物語だった!」とあるのですが、とりあげられて
いる作品は女性のものもありです。
このなかに網野菊さんとか、広津桃子さんのものは、ないかなと思って目次を
みたのですが、どうもないようです。
本日に借り出した閉架書庫の本は、広津桃子さんの「石蕗の花」でありました。
先日にも言及しましたが、山田稔さんのお導きとなります。こちらの本も文芸文庫
ではなく、元版のほうです。
網野菊さんの文庫本もちゃんと読んでいないのに、それと並行で広津桃子
さんの本を読むことにです。
網野菊さんは明治33年生まれとのことで、当方の祖母の世代となります。
文庫の解説には、同世代の作家として宮本百合子、林芙美子がいるとのことで、
そういえば、今年文庫で読んでいた野溝七生子さんも同じころの人でした。
一方の広津桃子さんは1918年生まれとのことですから、こちらは当方の親世
代の人となります。広津さんの「石蕗の花」には、網野さんが建てられた家のこ
とが、網野さんの自筆年譜の引用のかたちででてきます。
「建築家は八坪六合の家を設計してくらた。それは敷地の関係上、奥行きは浅く、
間口の広い家となった。建築家の顔で、工賃は一年以内に払えばよいことに
なった。当時の最低単位の建築としては中々上出来な家が建った。」
この家を訪れた広津さんは、この家のことを次のように記しています。
「市ヶ谷駅から九段へ向かって、五、六分行くと、道路沿いの左側に、網野製作
所の文字のある黒ずんだ木の札がかかげられたバラック風の建物があり、それ
に沿って路地庭風の小道を入ると、ちょうど矩形の箱を横に置いたような家が
ある。・・玄関からすぐ台所へと続く部屋を中心として、左右に部屋のある単純
な作りながら、小住宅としてなかなかよく出来た、便利そうな家である。」
三十平方メートルくらいの住宅で、この部屋数ですから、6畳間に4畳半2つ
というくらいの家なのでしょう。昭和25年くらいなので、ひとり暮らしなら、
これでも十分に贅沢なものであったでしょう。


