本日の午後にネットをみておりましたら、訃報がありました。それによりますと
歌舞伎役者の九代目市川団蔵が19日に亡くなったとのことです。
このタイミングでなければ、そうなのかでスルーしてしまうところですが、ここの
ところ網野菊さんの小説を話題にしておりまして、横浜野毛の古本屋さんで
網野さんの文芸文庫を購入したのが11月19日で、その夜に宿で「一期一会」
という八代目市川団蔵を取り上げた小説を読んでおりました。
あまりにも不思議なシンクロであります。
市川団蔵という歌舞伎役者さんは、幹部俳優ではありましたが、代々主人公を
演じることはなくて、脇で渋く舞台を支えるというのが家の芸風であったようです。
網野菊さんは熱心な歌舞伎ファンでありましたので、芝居小屋へと足を運んで
は、数少ない出番を楽しみにしたようです。
「舞台の団蔵を注意して見るようになった。残念なことに、彼の芸風は、克明で、
生真面目だが、所謂『花』がなかった。長年舞台に立って居ても、こういう風なこと
もあるのだ、と思うと同時に、私は、長年文筆の仕事にたずさわりながら一向にはえ
ない自分自身のことを思い浮かべずに居られなかった。・・・私は団蔵を見ると同病
相憐れむ、とでも云ったような感じを持たずに居られなかった。」
網野さんが団蔵にひかれるのは、その花のなさが、自分の作風に共通していた
からとなりますね。
網野さんが小説の題とした「一期一会」というのは、北条秀司さんの新作「井伊
大老」のなかで団蔵が演じた仙英禅師にちなんでいます。
「井伊下屋敷の奥座敷、みんな、大老を出迎えに立って、人気のなくなった部屋に
『一期一会』と書いた古笠を置いて一人ひっそりと立ち去って庭に姿を消した禅師
の姿は団蔵即禅師の感じで、私は深い感銘を受けたのである。」
八代市川団蔵は、1966年4月に歌舞伎座で引退興行を行い、それからまもなく
四国巡礼の旅にでて、巡礼を終えてから入水自殺をしたということになっています。
86歳でありました。
それで19日に亡くなった九代団蔵でありますが、この方は八代の孫ということに
なります。八代目が引退したときには15歳くらいとのことです。
網野さんの「一期一会」にも、その孫が登場するところがありです。引退興行の
演目について書かれたとこであります。
「『菊畑』の前に、その前段で、長年の間一向に舞台に上演されずに居た『書写山』
や『弁慶出立』の場面が団蔵の記憶や筆入れによって復活されて演じられ、その主
役たる少年弁慶には彼の実の孫、市川銀之助が扮した。これは大まかな、いかにも
歌舞伎らしい味のもので、大変面白かった。彼はよき置きみやげを残したのだが、
孫に其の役をふりあてられたことは彼にとって大きな喜びであり、満足だったに
違いない。」
ちなみに九代団蔵は、1951年生まれとのことで、当方と同年であります。
そんなこともあって、網野菊さんの「一期一会」が深く入ってくることになりました。