「女性セブン」補遺 3

 「女性セブン」が話題にしている「樹木希林さん100冊だけの本棚」に

残っていた長谷川四郎さんの本からうかがえる樹木希林さんとの関係に

ついてであります。

 一昨日に「女性セブン」の記事にあった椎根さんの下記のところを引用

しておりました。

「とにかく、いちばん長い間、樹木さんの書棚に鎮座していたのは長谷川の

本ではないかと椎根さんは言う。実際、遺された100冊のうち、エッセイ集

『長谷四郎の自由時間』をはじめ6冊が長谷川四郎の著書だった。」

 ということで、その六冊の本です。

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 このなかで一番刊行年が古いのは津野海太郎さんが編集した「長谷川四郎

作品集」(晶文社)となります。この作品集は、津野さんが六月劇場で芝居の演出

をしている時に、編集をしていたもので、長谷川四郎という人間を演劇仲間にも

知ってもらいたいと引き合わせたのです。刊行されたのは1966年から67年と

なります。

 四郎さんとの対談で悠木さんが「長谷川さんの本を、たいてい読んでいるつも

りです。」と話しているのは、この刊本によるのでしょう。

そこで気になるのは、この作品集は四巻本で、その四冊目が欠けていることです。

悠木さんがご本人を前にして、たいてい読んでいると語っているということは、

まずはこの作品集は押さえていたと思われるのですが。

 この作品集は66年に刊行が始まって、一年くらいで完結するはずであったの

ですが、最終第四巻は遅れるに遅れて、69年2月になりました。

作品集がでて三巻目まででて、ブレーキがかかり二年間の間隔があくことになり

です。三巻と四巻の間に悠木さんは、離婚を経験し、それが六月劇場が活動停止

になることの理由の一つともなりです。

 そのことが、第四巻が手元に残っていないことの原因でもあるのでしょうか。

樹木さんが「一番信頼し、愛読していた」という長谷川四郎さんの76年からでた

全集を購入していないとは思いがたく、それだけに作品集三冊が遺されていると

いうことには、意味があると思うことです。

 WEB「考える人」で津野海太郎さんが書いていることですが、樹木さんは自分

の近くにいる男性の不倫に厳しかったとのことです。

 それは75年の四郎さんとの対談でも、開陳されます。

「私はブレヒトの書いたものが好きで。私また変な道徳観があって、例えば奥さん

を泣かしたりって人は好きじゃないんで、そういう人が書いたものはいくらよくて

も拒否するってところがあるんですけれども、聞くところではブレヒトという人は、

世界各国に女がいるんですってね。そういうふうに生活している人がいたら、

いくらステキでもいやだなあと思うんです。で、長谷川さんは、あんまりそういうの

ないんですね。ひょうひょうとしてて、それでもあるんですか。」

 とこのようにつっこみがはいって、たじたじになるのでした。この前のところで

は、津野さんから四郎さんの奥さんについての話を聞いているともあるのでした。

 この対談からうかがうに、悠木さんは四郎さんの「じめじめとせず、生き生きと

して、不倫をしない」という人間像にひかれたのでしょうね。

 上の写真の一番左にある「長谷川四郎の自由時間」は、献呈サイン本とあり

ますが、これは1975年5月刊行の本ですから、対談があった75年9月の直前に

でたもので、対談の時にでもサインして贈られたものと思われます。

 「中国服のブレヒト」は、悠木さんのブレヒト好きと四郎さん好きが一冊になっ

たもので、これが残っていたのは納得であります。

 残る一冊はなにも言及のない「知恵の悲しみ」でありまして、1973年7月の

新刊です。「中国服のブレヒト」が同じ年の2月でした。 

当方が新刊で購入した最初の四郎本が、「知恵の悲しみ」でありまして、これを

読んでから、次々と四郎さんの本を買うことになったのですが、そのことからも、

四郎さんのこれをずっと持っていたということを知って、ほんとうれしくなりまし

た。 

 この他、樹木さんの百冊には津野海太郎さんの演劇論などもあるのですが、

いろいろな人が、この百冊リストを見て、あれこれと思いをめぐらすことができる

ようであります。

 

中国服のブレヒト

中国服のブレヒト