加藤周一追悼

 加藤周一さんがなくなった12月5日は、モーツアルトの没日だそうです。
この世では著名人でありました加藤周一さんも、あの世では新参ですから
すこしは小さくなっているのでしょう。加藤さんのことを尊敬していた湯川
書房の湯川さんは、先生お待ちしていましたとでもいって迎えるのでしょうか。
 湯川書房から「美しい時間」という限定本がでているのですが、その表題作は、
かもがわ出版「小さな花」(03年9月刊)で読むことができます。

「 人は小さな花を愛することはできるが、帝国を愛することはできない。花を
踏みにじる権力は、愛することの可能性そのものを破壊するのである。そうして
維持された富と権力、法と秩序は個人に何をもたらすだろうか。いくらかの物質的
快楽と多くの虚栄、いくらかの権力欲の満足と多くの不安、感情的不安定と感情的
刺激の不断の追求と決してみたされない心のなかの空洞にすぎないだろう。
いかなる知的操作も、合理的計算も、一度失われた能力を、恢復することはできない。
 権力の側に起つのか、小さな花の側に起つか、この世の中には撰ばなければなら
ない時がある。たしかに花の命は短いが、地上のいかなる帝国もまた、いつかは
亡びる。天狼星の高みから人間の歴史の流れを見渡せば、野の百合の命も、
ソロモンの王国の運命も、同じようにあらわれては消えていく泡沫だろう。
 私は私の選択が強大な権力の側にではなく、小さな花の側にあることを望む。
望みは常に実現されるとは、限らぬだろうが、武装し、威嚇し、瞞着し、買収し、
みずからを合理化するのに巧みな権力に対して、ただ人間の愛する能力を証言する
ためにのみ差しだされた無名の花の命を、私は常に、かぎりなく美しく感じるので
ある。」 「美しい時間」から「小さな花」