師走の話題 15

 鷲巣力さんの「『加藤周一』という生き方」(筑摩選書)から話題をいただいてます。
加藤周一さんの奥様であった女性は、オーストリア生まれのヒルダ・シュタインメッツ
という方ですが、1950年代に出会って、62年に婚姻届を出し、74年頃に離婚をしたと
のことです。驚くのは、このヒルダさんとのあいだに養女さんがいたということであり
ます。ほとんど一緒に暮らしてはいなかったようですが、それでもこの養女さんは、
カトーと名乗っているとのことです。
 この養女さんはソーニヤさんというのだそうですが、現在40歳をすこしでたくらいの
ようです。
 加藤周一さんのたった一つの童話作品「花の降る夜のなかで」は、「このソーニヤに
語り聞かせたい願望をもって書かれたに違いない。」とあります。
この「花降る夜のなかで」は、加藤さんの傑作小説の一つで、発表当時に朝日新聞
丸谷才一さんの文芸時評で賞賛されています。
 丸谷さんの文芸時評は「雁のたより」に収録されています。
加藤周一の「幻想薔薇都市」に収める十三篇は、みな普通の写実主義小説ではなくて、
幻想的ないし抽象的ないし風刺的な味を狙っているが、そのうち最も劣るものは抒情的
な色調の『歌人』であり、最も完成度の高いものは童話仕立ての『花の降る夜のなかで』
である。両者のあいだの距離ははなはだしい。あれだけ陳腐な言葉ばかり選んだ抒情詩人
がこれほど的確に物語る童話作家に変わるのはどういうわけか、と怪しむ人も多いこと
だろう。」
 この作品が発表になった時に、丸谷才一さんを不思議がらせた「的確に物語る童話
作家」への変身は、お話を聞かせたいという思いと聞かせる相手が存在したからで
ありますね。
 鷲巣さんは、加藤周一さんとこのソーニヤさんについて、次のように書いています。
「離婚後も加藤はソーニヤを可愛がった。生涯可愛がり続けた。ソーニヤが子どもの
ときに描いた絵や詩を、加藤は大事にしまっていたのだが、そのことにもソーニヤに
対する想いを感じる。ソーニヤと一緒のときの加藤は嬉しそうだった。2008年に
ソーニヤは加藤を見舞う。これが相見える最後の機会だということをお互いに知って
いたはずである。そのときの加藤の表情は、病と苦しむいつもの表情とは違って、
華やいで見えた。今日となっては、父加藤信一から始まる親族で『加藤』姓を名乗る
のは、ソーニヤ・カトー氏ただひとりである。」 
 鷲巣さんはこの再会の場に立ち会っていたのでありますね。加藤周一さんが、子ども
の描いた作品を大事にしまっていたというのをみますと、不思議な感じにとらわれ
ます。加藤周一さんは、普通の人がするようなことはしないというようなすりこみが
こちらにあるからでしょうか。