懐かしい人たち2

 本日も吉行淳之介「懐かしい人たち」から、話題をいただきます。
 以下にひく文章のタイトルは「井伏さんを偲ぶ」というもので、掲載された
のは「新潮」平成5年9月号です。

「 井伏さんにお会いした最後は、二十年近く前である。戦後まもなく創刊の
『作品』という分厚い雑誌があって、その編集長は八木岡英治だった。志賀直哉
井伏鱒二などを後楯にした良い雑誌で、問題作としては『レイテの朝』(大岡昇平
『B島風物詩』(梅崎春生)『ロッダム号の船長」( 竹之内静雄)などを載せた。
狷介で容貌魁偉なこの八木岡英治と私は後年ふしぎな因縁ができていた。
 八木岡英治が亡くなって、追悼の会の案内がきた。新宿の会場にいってみると、
意外なことに七、八人の少人数の会だった。・・・・
 会が終わると、新宿のどこかで飲み直そうということになり、その店には
タクシーに分乗して行った。・・・
 その店で飲んでいると長谷川四郎(故人)が静かに酔っぱらっていた。当然、
大岡昇平氏と知り合いだ、とわたしは思っていた。
 長谷川四郎は、井伏さんの隣の椅子に座って、
 『井伏さんは、いいな』と繰り返し、そのうち井伏さんの肩に頭をのせて眠って
しまった。井伏さんは長谷川四郎を知らないようで、迷惑そうな顔になっていたが、
相手の親愛感と素直な心が伝わるらしく、肩を動かすことはなかった。
しかし、たまたま同席した編集の人が気を使って、長谷川さんを店の外に連れ
だしたとき、大岡さんが私にたずねた。
『あれは誰だ」
長谷川四郎ですよ、お仲間でしょう』というと、大岡昇平は驚いて・・」
 
 この文章を見ていて、気づいたことがいくつかありました。一つは、その後に
「全集 現代文学の発見」(学芸書林)の編集を担当すた「八木岡英治」さんが
登場することでありました。この「現代文学の発見」はすぐれたアンソロジー
あるといわれていますが、ここに名前があがっている作家たちの作品は、この
全集に収録されていたのです。竹之内静雄さん(全集刊行当時は、筑摩書房
役員であったはず)の「ロッダム号の船長」も別巻に収録されていました。
 この時点でも長谷川四郎さんは、ずいぶんと顔がしられていなかったということ
です。吉行淳之介は、「新日本文学」で仲間だと思ったのでしょうが、お二人が
ほとんど未知の関係であったとは、まったく意外なことです。