岩波新書創刊70年記念 5

 加藤周一さんの「羊の歌」は、ほとんど自伝的小説と思って読んでいました。
特に興味深かったのは、女性とのつきあいを記したところでありまして、
「続 羊の歌」にある「京都の庭」という章は、加藤周一さんの知られざる一面を
うかがうことができて、大変興味深いものです。小説であると思って読んだほうが
いいのだろうとは思うのですが、この作品について、どこかの文学探偵がモデルの
詮索などをしているのでしょうか。

「その女(ひと)のため私はしばしば京都へ行った。私は彼女を愛していると思って
いた。あるいは愛していると思うことと、愛していることとは、つまるところ同じ
ことだと思っていた。・・・
 私が京都へといくことを、母は好んでいなかった。しかし私は結婚を考えていた。 
しかしまた西洋見物の望みも母の死後に、いよいよ強くなろうとしていた。・・
もしそのとき京都の女が、私の外国へ去ることに強く反対していたら、おそらく
私は出かけなかったかもしれないし、出かけなければその後の私の生涯も、変わって
いたはずであろう。しかし彼女は反対しなかった。私をひきとめようとしなかった
ばかりでなく、私の旅行について一言の不平もいわなかった。」

 この女性は、「京都に生まれて、育ちながら、町へでることは少なかった。若くして
死んだ夫は、仏教学者で、唯識論に凝っていたらしいが、彼女自身は仏教に興味を
もっているというのでもなかった。子どもが一人あって、近所の小学校へ通って
いた。その子どもの世話をしながら、ひっそりとして、うす暗い家のなかない、
浮き出すように白いその顔があった。」

 なんとなく具体的に人物を特定できそうなかきっぷりでありますが、ゴシップ
好きとしては、どんたかにこのへんをつっこんでほしいものです。

 このあと欧州にわたってからも、いろいろな女性とのエピソードが披露されるので
ありますが、外国語の学習のためには恋愛をすることだということではないので
しょうが、欧州でであった一人の女性と、その後結婚をしたとありますが、もちろん
このかたは、現在の奥様ではないのでした。
 文学仲間の中村真一郎さんは、ずいぶんと女性関係が派手であったと聞いたことが
ありますが、この本を目にしますと、加藤周一さんも負けずに、ずいぶんと女性から
好かれたのだなと思うのでした。