湯川書房のこと3

 湯川成一さんと湯川書房の本について記しておりますが、当方は湯川さんが
心血を注いだ限定本には、もちろん縁がないのでありました。現物を手にした
こともなく、どこかの古本屋のケースの中に展示されていたのを目にしたことが
あるのと、あとは雑誌などでとりあげられていたのをみて、こういう限定本を
入手する人は、どういう人であるのかと思っておりました。こちらは、まだ
20代前半のことでありまして、湯川本を美しいとは思うものの、自分には
遠い存在のものと感じておりました。
 こうした限定本というのは、著者と作品と所有者を選ぶものであるのでしょう。
本日も、「銀花」14号の「湯川の限定本」特集から引用を行います。
自らも湯川書房から、限定本をだしていた「塚本邦雄」さんの文章からです。

「 湯川書房はこの頃すでに十数点の高雅清麗な限定出版物を開板していた。
 瀧口修造命名の叢書『溶ける魚』は越前別漉局紙をつかって全くの無装飾、
 この高級和紙の仄かさとつよさを十分に味わわせるための配慮とはいえ、
 シュールレアリスム詩選集であるだけに意外な効果があった。・・・
  湯川書房は著者を厳選する。さもあろう。心にかなう著者との
 コレスポンダンスなくては、この殉教に等しい行為が持続できるはずがない。
 粒々辛苦、印刷所、製本所は当然、意中の画家、装丁者に二六時中連繋を
 保ち、資金面の負担に堪え、販売に奔走する物心両面の艱難は、書籍の出来
 の暁、おのが膝の上にインクの香新しい頁を開き、表紙の感触を確かめる時の
 忘我の境、著者に手渡しての満悦の横顔に接するひととき、この一見儚い
 晴れの場にあってたちまち霧消するのだ。高価な犠牲はそのまま貴重な供物と
 なって著者と製作者の間を往復する。・・・・
  限定本『北の岬』は湯川書房最初の刊行本である。作家は処女作にむかって
 成長するという逆説の真理は、書肆の場合も例外ではない。辻邦生に傾倒
 私淑する湯川書房主人の初志は、この若書未収録の秀作をえて見事に花開いたと
 いえよう。厚手の凛然醇乎たる局紙の風格をそのまま活かせた造本は、後々の
 湯川本の性格を決定した。」 (もとは、正字正かな)