不思議な出版社

 非流行の出版企画を出し続けていて、つぶれることもないという不思議な
出版社「こぶし書房」の話であります。
 戦前の左翼系の思想家たちの著作は、学生運動が活発であった70年代には
まだ新刊としてでていたようですが、最近ではほとんど復刊することもなく、
関心のある人は、古本で入手するしかないという状況となっていました。
このような時代に、「戦後日本思想の原点」というサブタイトルつきで、
「こぶし文庫」は、95年に創刊されました。その記念すべき一冊目は梅本克己著
唯物史観と道徳」であります。それから13年が経過して、このシリーズは
50冊となっています。これには、「九鬼周造エッセンス」とか「中井正一
エッセンス」「鶴見俊輔 アメリカ哲学」なんていう、ほかで読めないのが
不思議なくらいのものもありますが、ほとんどは、いまころこのような
ものをだして、だれが購入するのかと首をかしげるくらいに、珍しいもので、
ずいぶんと骨のある出版社であると、つくづく感心してしまいます。
 小生が学生時代に謦咳に接した先生の著作が、このこぶし書房から刊行される
ことになり、その内容見本を送ってくださいなとお願いをしたことで、この
版元から定期的に出版案内をいただくようになりました。
 今回の案内に同封されていた「場」という冊子は、鶴見俊輔さんの「アメリ
哲学」特集号でありまして、この本の刊行によせて加藤周一、上山春平、加藤典洋
小熊英二が文章を寄稿しています。
 もうひとつの案内は、福本和夫著作集の内容見本であります。福本和夫さんと
いう人は、小生も名前を聞いたことがあるのみの存在ですが、最近では、その
息子さんがフィクサーであるとかいわれているとかで、ちょっと話題になりま
した。ある時代には、福本イズムという超難解な思想をうち立てたのでした。
 この内容見本には、鶴見俊輔さんと蓮実重彦さんが推薦文を寄せていますが、
蓮実さんはなぜ「福本を読めという啓示」なんていうのでありましょうか。

福本和夫著作集〈第5巻〉葛飾北斎論

福本和夫著作集〈第5巻〉葛飾北斎論

 鶴見さんの文章のほうから、一部をいかに引用しましょう。

「 大正期に、福本は弁証法唯物論を日本の知識人にもたらし、大学生を
中心とする左翼知識人を福本イズムによって魅了した。その魅了のしかたを、
中野重治が『むらぎも』に、節度をもって描いた。この福本イズムは、日本の
官権によってうち砕かれた。福本イズムは、両方の板ばさみになって、日本の
知識人の流行からはずれた。
 取り残された創唱者福本和夫は、それからどのように軍国主義下の日本に
生きたか?彼の切り開いた道は、共産党の佐野学、鍋山貞親とちがう。獄中の
日本共産党の道ともちあう。その間の日本から遠くあったソビエト共産党とも
ちがう。
 そのことは、戦後60年、福本を評価し得た人々の文集を通して、あきらかに
なってゆく。その仕事の積み重ねが、今、こぶし書房を通して出版されることは
うれしい。」
 
 この不思議な出版社 こぶし書房はいろいろととりざたされておりまして、
まるで企業舎弟のようにいわれたりするのですが、その本当のところは、
小生にはわかりません。このこぶし書房を注目すべき企画を連発していると
ほめているページを見かけましたので、興味のあるかたは、以下のページを
ごらんください。
 
www.shinjuku-shobo.co.jp/new5-15/ koramu/rojiura_murayama/koramuvol3.html