海を渡った芸人 5

 本日も大島幹雄さんの著作から話題をいただきです。
 先日に注文をしてありました大島さんの本が、本日届きました。

サーカスは私の〈大学〉だった (〈私の大学〉テキスト版2)

サーカスは私の〈大学〉だった (〈私の大学〉テキスト版2)

 早速「サーカスは私の<大学>だった」を読んでみました。版元がこぶし書房とい
うのが思いがけないことで。数年前まで「こぶし書房」からは新刊案内が届いていた
のですが、いつからかこなくなっていました。この本がでていることは知りませんで
した。「満州浪漫」がでた後の著作となるようです。
満洲浪漫 〔長谷川濬が見た夢〕

満洲浪漫 〔長谷川濬が見た夢〕

 当方が大島さんのことを知ったのは、「本の雑誌」に浜本茂さんが書いていたことに
よりますが、これは長谷川濬さんに関連してのことです。今から6年前のことでした。
( http://d.hatena.ne.jp/vzf12576/20090525 )
 このころには、長谷川濬さんのことを書いた「満州浪漫」のもととなった文章が、
大島さんのホームページに掲載されていて、これを本にするところはみつかるのだ
ろうかと思ったものです。
 大島さんの著作を大きく分類するとサーカスについてのもの、サーカス芸人につい
てのもの、呼び屋さんにかんするもの、ロシアにわたった人のものとあるようです。
 本日、「サーカスは私の<大学>だった」を読んで、これらの著作がすべて本業で
あるサーカスイベントの企画制作会社に勤務と並行して行われたのですから、驚きで
す。
 本日手にしていた本には、「シマダファミリーをはじめとした海を渡ったサーカス
芸人たちの足跡を追ったノンフィクション『追跡・ヤマダサーカス 二十世紀の旅』
が刊行される予定である。」とありました。
 これが、今回の新潮文庫の元版となるものです。 それにしてもどうしてサーカスの芸人さんたちロシアに消えたかであります。
 ロシア革命後における日本人やロシアの前衛派には、苛酷な現実が待っていたので
ありまして、それが原因でありました。