名作スケッチ

 先日行いました納戸の捜索で、朝日新聞連載物ものの古いスクラップブックを発見
いたしました。いまから40年くらい昔に連載されたものとは、以前にかいているの
ですが、当時の小生は、日付をいれるという手間を惜しんだせいもありまして、
これがはっきりといたしません。
 このスクラップは、朝日新聞日曜版に連載されていた「名作スケッチ」というもの
でありまして、この1ページ目に高杉一郎さんによるエロシェンコ「落葉ものがたり」
の紹介がのっているのでした。小生は、これより前に高杉一郎さんのことを知っていた
のかどうかはっきりとしないのですが、たぶん、これが最初でありましたでしょう。
この連載は書き手をかえて、一年ほども続いたようですが、手元には40週分くらい
が残っています。書き手は、高杉一郎さん、前川康男さん、白柳美彦さんの3人で、
高杉さんの紹介には、「作家、英文学者で静岡大学教授」とあります。
 高杉さんが取り上げている本のタイトルを記しておくことにいたしましょう。
(小生の手元にあるのは、この11週分です。)
 落葉ものがたり     エロシェンコ
 父が子に語る世界歴史  ネルー
 町からきた少女     ヴォロンコーワ
 あひるの喜劇      魯迅
 曠野          チェーホフ
 ニキータの少年時代   アレクセイ トルストイ
 ガンジー伝       ジャネットイートン
 オタバリの少年探偵たち ディ ルイス
 君たちはどう生きるか  吉野源三郎
 極北の犬トヨン     カラーシニコフ
 長い長いお医者さんの話 チャペック          

 高杉さんが取り上げたものには、高杉さんがご自身で翻訳されたものもあるのです
が、まあそれはいいか。イギリスものがすくなく、ロシア文学が多いのが目につきま
す。日本のものでは、「君たちはどう生きるか」一冊ですが、これは児童教養主義
入門の代表的作品です。( 昨日に手にしていたBOOKMANの登場した呉智英さんが評し
ますと次のごとく。「名著といわれていて、今まで読んでなくて、読んでみたら不快
だった本。吉野源三郎の『君たちはどう生きるかリベラリストの説教臭が鼻につく
本なの。それくらいだったら、地下運動で抵抗しろとまではいわないけど。」
 呉さんは、知られざる名著で高杉さんの「極光のかげに」をあげて、それに続いて、
この辛口)

 上記リストのなかから紹介するのは、「町からきた少女」についての文章から、
次のところです。
「 戦争が終わって二年後に人口三十万ぐらいのイルクーツクに移されて、毎日道路
工事をやらされていたころには、ロシア語もいくらかわかるようになっていました。
 ある日、作業監督が街路樹の下に腰をおろして、表紙に図書館の大きなはんこを
おしてある本を読んでいるので『なんの本ですか』とたずねると『こどもの本さ』と
答えて、そのほんを私の方にさしだしました。見ると、活字は大きいし、さしえは
あるし、それほど厚くもありません。活字に飢えきっていた私が『ぼくにこの本を
一週間化してくれませんか』というと、作業監督はあっさり『いいよ、もっていき
たまえ』と答えました。
その日からわたしは、作業をおわって収容所に帰るとせっせとその本を読みました。
すぐに私はそのもの語りに引き込まれて、たえず涙を流しながら三晩くらいで読み
終えました。私は三人の小さな娘を東京におたまま兵隊にとられたのですが、
そのころはまだ留守家族の消息がわからず、ひょっとしてアメリカ軍に爆撃されて
でもしているのではないかと心配しつづけていたときでしたから、そのもの語りの
主人公である戦争孤児の運命に泣かされたのでしょう。」
 上記の文章の終わりは、爆撃されてでもしているのではないかと心配した娘さんが
成長してからモスクワへ留学して「町からきた少女」の日本語版をヴォロンコーワ
さんの家に届けたという報告になって、ほっと救われるのでありました。