黒衣の短歌史 中井英夫

黒衣の短歌史 - 中井英夫全集 第10巻 (創元ライブラリ)

黒衣の短歌史 - 中井英夫全集 第10巻 (創元ライブラリ)

 作家の中井英夫さんの仕事は、三一書房からでている全集と東京創元社版の
全集 10巻にまとめられておりますが、後者のほうは、完結までに十数年も
かかった力作であります。後世への決定版全集を目指した物で、文庫サイズでは
ありますが、新資料が収録されているうえに、解説とか解題がていねいなので、
ありました。普通でありましたら、新しい決定版全集というのは、手間がかかった
分、値段が高くなるのが通常でありますが、これは、最初から文庫で計画
されたとおぼしきもので、その意味でも画期的な出版物と思うのです。
 ご本人が亡くなってからの編集作業であったことと、中井英夫さんの著作権
管理することとなった本多正一さんが編集を担当したことが、決定版となるに
力があったと感じます。
 特に、小生が驚いたのは「黒衣の短歌史」という戦後短歌をめぐっての巻に
収録されていた新資料「中井英夫中城ふみ子往復書簡」があったことです。
このような書簡が存在するというのは、中城ふみ子の研究者には知られていた
ようですが、短歌編集者 中井英夫に興味のない人には、まったく関心の外で
ありましたでしょう。

現代短歌そのこころみ (集英社文庫 せ 3-5)

現代短歌そのこころみ (集英社文庫 せ 3-5)

 創元ライブラリー版の「黒衣の短歌史」の解説は、短歌関係者が書いており
ますので、なんとなく遠ざけてしまいそうですが、この「現代短歌 そのこころみ」
関川夏央さんのものですから、むしろ短歌に親しんでいない人にむけて短歌雑誌
編集者としての中井英夫さんの業績を紹介するものとなっています。
 この本の帯には、次のようにあります。
「1954年、短歌の歴史が変わった・・昭和戦後の歌人群像と一人の編集者像、
 ある文芸ジャンルの挑戦と限界の五十年史を、まったく新しい視点でえがく。」
この編集者とは、若き日の中井英夫のことであります。
 この文庫の第1章では、中城ふみ子とのことがとりあげらています。短歌賞の
応募作品であったものを採用して、それを単行本として世に送り出してベスト
セラーとして、死の床にあった彼女の愛情と不安を受け止める役割であります。
中井さんが女性に興味を示さないというのは、定説になっていますが、この
中井・中城往復書簡で見られる中井さんの文面には、中城さんに恋愛感情があると
いうように読めるのでありました。性愛の対象ではないのかもしれませんが、
たとえ、そうだとしても、このような一面がみるだけでも、この往復書簡集には
価値があることです。
 編集者としての中井さんが、どれだけすごいかは関川さんの文庫本が参考に
なって、おすすめでありました。