「妹の力」

 「妹の力」というのは、柳田国男の著作のタイトルですが、小生にとって
このことばが親しいものとなっているのは、林達夫「歴史の暮れ方」で取り
上げられているからであります。
 柳田の「妹の力」は、「郷里で見いだされた兄妹愛の事実、妹の純潔な愛情と
精神力に支えらる兄の索漠たる外面的、闘争的生活の習俗をとりあげ、そのいわば
伝統的系譜を見事に描きあげたもので、それは処女=巫女の問題から伝説にみられる
兄妹間の宗教的提携の事にまで及んでいる。」と紹介するのですが、ここから林は
洋学派らしく「洋学体験」のなかで「妹の力」を紹介するのでした。
パスカル『パンセ』、シャトーブリアンノ『キリスト教の神髄』、ルナン「イエス伝』
であった。
 この三つの作品こそ、兄妹の同胞愛、宗教的提携の美しい近代的所産であるからだ。
 『妹の力』が同胞愛のイオニア型、情操的な聖女型を示すといえるならば、『姉の力』は
そのドーリア型、意志的な烈女型を示すものといえるだろう。そして、これは当の女性が
男兄妹の年上にあると年下にあると関係はない。年齢上の妹が、「姉」であることも
あり得るし、その逆の場合もありうる。」

 妹の力というのは、夫婦のあいだにもあることでしょう。有名な例としては「高群逸枝
さん夫婦の場合がありました。最近であれば「三浦綾子」とかもそうでしたでしょう。
先日の「大庭みな子」の老年の人生にも、それに近い物を感じます。
 そして、昨日の「大庭みな子」さんの場合にも、ご主人の定年後は、おなじような
ことをすこし感じることです。
 矢川澄子さんのばあいは、最初の結婚相手のことを「おにいちゃん」とよんでいたとの
ことで、彼女と澁澤龍彦の関係にも妹の力をかんじるのでした。