手にしている本 2

 「ある文人学者の肖像」を読んでいますと、当然のように富士川英郎さんのものが
読みたくなってきます。
 父親のことを書くのでありますから、著者はできるだけ対象である父親と距離を
とって、冷静にかかなくてはいけませんですね。この本は、著名な学者であった父と
の適度な距離が一貫して保たれているように思います。
富士川英朗の詩話に目を通していると、人文系の学問が各種の専門に細かく分化し、
専門知を追いかけることに余年がない現代とは違って、学問がもっと大らかで、もっ
と事実に即して、もっと人間味のある仕事である、純粋な知識愛からなされる探索で
あり、一見縁のなさそうなもの同士を鋭い直感と洞察力と想像力とによって結びつけ
る作業であった時代のものであることを再認識せざるを得ないだろう。これらの詩話
からはっきりとうかがえるのは、膨大な知識の連鎖ということに熱心である著者の学
問的な姿勢であり、人間味のある書き方であり、知識を得ることが喜びになっている
純粋な知識愛である。」
 富士川英郎さんの詩話は、東大を定年でやめてから発表されています。
「在職中にはほとんど禁欲的に自粛していたかのように、それまでの長い読書生活で
ふんだんに蓄積して来た学識を誰にも遠慮することなく次々に吐き出していったとい
う趣を呈している。そうした厖大で奥行き深い学識を順次に引き出す役割をつとめた
編集者、なかでも英郎の著書の多くを刊行した小沢書店の長谷川郁夫の功績はまこと
に大きい。長谷川氏のような熱心な編集者がもしいなければ、英郎の学識もひょっと
すると半ば埋もれたままになっていたかもしれないのである。」
 小沢書店からでていたPR誌「ポエティカ」に連載をもっていて、これは当方を確認
することができるのですが、どちらかというと、富士川さんの単行本の古書価は高い
ものが多いことです。なかでも古書価が高いのは、富士川英郎さんが湯川書房から
私家版または限定本で刊行したもので、これはなかなか手にすることができないよう
であります。