生誕100年といえば

 本日は、家人の足の確保でありまして、お昼を前にして出かけることにです。

その前に、自宅から近くの図書館分館を訪れて、ここから借り出している本を

返却することです。当方にしては珍しくでありまして、返却期限を前にして読了

して、戻すことができました。(先日にチェックしたら、この本には予約が入って

いまして、すこし読むのを急いだのですが、昨日には予約が取り消されていま

した。もっとゆっくりでもよかったのかな。)

 家人を目的の場所でおろした後は、図書館本館へといきまして、新着資料、

新聞、雑誌をすこしのぞくことにです。

 新聞は、日本経済新聞にあるという松家仁之さんの丸谷才一話題の文章

を探すことですが、これは、今月ではなくて、10月末の掲載でありました。

松家さんが鶴岡市で開催の丸谷才一生誕100年記念講演会の演者となり、

鶴岡へと行って、すっかり庄内地方に魅せられたとの話となります。

 当方のところは、家人の両親がともに庄内の人で、家人も生まれたのは庄内

ということで、鶴岡、余目は、ほとんど第二の故郷という感じです。

当方の息子の語るところでは、余目出身の祖父(家人の父です)は、相撲は山形

出身力士を応援していて、その昔は柏戸で、息子が子どもの頃は琴の若(今の

佐渡ヶ嶽親方)を応援していたということです。郷土愛でありますね。

 この時期に山形出身力士といえば、北の若(酒田)と白鷹山(置賜)が思い

浮かびますが、早くに酒田を離れた(それも埼玉栄へ進学)北の若よりも、中学

をでて高田川部屋に入った白鷹山のほうが、山形出身という雰囲気を漂わせて

います。白鷹山というしこ名もいいですよね。そんなわけで、当方は白鷹山もひい

きにしております。

 鶴岡出身の丸谷さんは、野球は横浜のファンでありましたが、相撲のひいき

力士はどなたであったかな。どこかに書いてあったろうか。

 雑誌は、「すばる」11月号を手にして金石範さんの短編を読むことにです。

金石範さんが新作を発表していることは、新聞の時評を見て知りました。

 金石範さんは、1925年10月2日に生まれていますので、すばる11月号が店頭

に並んだころには満百歳となっていたことです。(今年に生誕100年となるのは、

丸谷さんのほか、辻邦生さんもそうですね。)

 生きているだけでも大変なのに、新作を発表するとはほんとにすごいことで、

このような方でなくては、「火山島」のような作品を残すことはできないことで

あります。

 今回の作品は、「ゴルゴタの丘のゲリラ」というタイトルで、済州島の4・3事件

をテーマとするものとなります。金石範さんは、生涯このテーマ一つですが、どこ

まで書いても、書き尽くすことなどできない永遠の課題であります。

 とにかく重たい内容の短編でありますが、短いものですので、図書館の椅子に

かけてなんとか読むことができました。ゴルゴダのキリストと、済州島のゲリラの

女性が、重なり合うことになります。

 そういえば、先日にあった古い友人から「火山島」を読み直すことはないのか

と言われたのですが、すこしでも読みかえすことはできないのかと思うことです。