確かな眼 芝居本二冊

 当方よりも年長の書き手は、どんどんと数少なくなっていることです。

 特に昔の舞台とか寄席、演奏会などに足を運んでいる人が、書いたものを

読むのは楽しみでありました。

 その代表のお一人は小林信彦さんでありましたが、小林さんはTVで細野

晴臣さんと対談をしているのを最後に、その後消息をきくことはなしであります。

週刊文春で連載していた「本音を申せば」で単行本となったうち、いまだ文庫

化されていないものがありますから、小林さんの新刊といえば、それが考えられ

ますが、あとがきを残すのは難しくなっているのかな。

 そんなことを思ったのは、確かな眼を持ったお元気な二人の文筆家の著書を

図書館から借りたことによります。

 どちらも80代後半で、これまでたくさんのものを見てきた人による文章で、

このような識者の導きによって、芝居とか寄席の見方を学ぶことによります。

 ここでは吉右衛門さんではなくて、矢野誠一さんの本を話題にしてみることに

します。

 「芝居のある風景」は都民劇場の月報に寄稿したものとのことで、短い文章に

いくつかの話題をいれて、まとめているのですが、当方が見たことのある舞台に

ついてのものは、いくつもなしでした。そうした珍しいものを紹介です。2016年に

書かれたものです。

「大晦日から元旦にかけて、なにもすることなく、ただだらだらと酒のみながら、

結局テレビを観つづけてしまった。次から次へと名前を知らないお笑い芸人と

称する連中が、愚劣きわまる言動を連発しているのに向き合わされて、腹が

立つより言いようのない虚しさに襲われた。」

 このように書き出してから、良質な漫才(いとし・こいし、やすし・きよしなど)

が姿を消しつつあった1978年に芸術座で観た「おもろい女」の森光子と

雁之助の劇中漫才に下をまいたのが忘れられないと続きます。

 そして、終わりで、その時に芝居が公開されていた「星屑の町 完結編」に

話題が転じます。

「なかでも演じられる太平サブローラサール石井の漫才が絶品なのだ。

相方のシローを失った太平サブローが、ラサール相手に夢路いとし・喜味こい

しのネタのさわりを、ほんのちょっと披露するのだが、いやあ面白かった。

もっともっと聴いていたかった。ラサール石井にそなわった舞台人としての

教養が、漫才という藝に自然と溶けこんでいるのに感心させられたのである。」

 芝居「星屑の町」連作は、作者がゆかりということもあって、ほぼすべて見物

することができたのですが、太平サブローさんの出演したのは、最初と最後だ

けで、あとはサブローさんのスケジュールの関係で不在でありました。

サブローさんといえば、西川きよしさんの助っ人で横山やすしを演じて、公演し

ていたのが記憶にあって、漫才できないのが残念だろうなと思っておりました。

 しかし、矢野誠一さんが褒めているのはラサール石井でありまして、彼のこと

を「舞台人としての教養」というのでありますから、見る眼が変わってくることで

す。