いま読むべき小説かも

 アンリ・トロワイヤの小説「サトラップの息子」のことであります。中編で

読みやすいので、一日もあれば読めるくらいのものですが、当方はずいぶんと

時間がかかってしまいました。(単純にうまく読む時間がとれなかっただけの

話です。) 

 小笠原豊樹さんが翻訳した三部作の一つで、2004年に草思社から刊行と

なったものです。当方が安価で三部作を購入したのは、いつのことでありました

でしょう。

 あちこちに書き散らしておりますが、小笠原豊樹岩田宏のものは、当方の中

では草思社と一心同体のようなところがありまして、草思社からでてた岩田宏

のは読むことはできていないのに、購入をつづけておりました。

翻訳はそのようなことはなくてスルーしていましたが、この三部作の翻訳がでて

から草思社に経営破綻があって、在庫は市中に流れることになり、当方はありが

たく購入したのですが、読むこともないうちに、2014年、小笠原豊樹さんは

お亡くなりになってしまいました。

 さらにそれから時間が経過して、この時期にトロワイヤを読むことになるとは

です。しかも、この時期に読んだというのは、実にタイムリーであったようにも

思えるのでありました。

 時あたかもでありまして、ロシアが近隣国家やEC諸国とややこしい関係になって

いるときに、亡命ロシア人(この場合はロシア革命を逃れてろなります)がフラン

ス語で書いた小説を読むというのは、なにか入れ子細工のような感じを受けること

であります。

「ロシアのどこやらの重要拠点がドイツ軍に占拠された日など、夕食の席で、母な

る祖国への私たちの近い将来における帰還を祝って、ウオッカを一杯飲もうとまで

言い出す始末だ。その祖国には、もちろん、皇帝陛下が元首として君臨するのだと

いう。・・・ 父の目に映ったのは、もはや『ドイツ解放軍』の銃弾に斃れる

ボリシェヴィキのやつばらではなくて、先祖伝来の地を守るために侵略者と死物

狂いで戦っている同胞の姿なのだ。内心の苦悩を打ち明けられたわけではなかった

が、私は父の内部に政治よりも強い民族感情が目覚めたことを見て取り、自分と

家族の心情の一致を喜ばしく感じる。」

 主人公の父はロシア革命で亡命し、主人公は小学校からフランスの教育を受けて、

仕事につくためにはフランス国籍を取得するのでありますが、もちろん父は、ロシ

アの体制が変われば、当然以前の生活に戻ることができると、帰還の日が来るのを

亡命先で待っているのでありますね。

 現在のロシアからも、多くの人が国境を越えて移動しているといわれますが、そ

の人たちは、再び以前に住んでいた場所には戻ることができるのでしょうか。

 本当に歴史は繰り返されるでありまして、トロワイヤがつくる物語にすっかり

魅了されましたです。