今月の文庫本新刊で一番の話題となるであろうものは、新潮文庫「姫君を
喰う話」でありますね。著者は宇能鴻一郎さんであります。
坪内祐三さんの「文庫本を狙え!」が続いておりましたら、間違いなく取り
上げられましたでしょう。
宇能鴻一郎さんは、その昔は大ベストセラー作家でありましたが、若い頃に
に芥川賞を受けられて、相当に期待されたはずですが、その後の歩みはそうし
た期待を裏切るようなものであったようです。
当時でありますから、ほとんど転向作家(といっても戦前左翼だった人が
右翼に転じるというのではなく)のような形で、学究肌の純文学作家がエロ小
説作家に成り下がってしまったという受け止められていました。
80年頃には、ほとんど純文学が好きという人は、誰も宇能さんのことを話題
としなくなっていて、彼も昔はこうではなかったというように芥川賞を受けた
作品だけがとんでもない高値で取引されていました。
その代表作は中公文庫に収録されているのだそうですが、当方はその時は確保
することができておりませんでした。この年になってやっとこさで、宇能さんの
作品を読むことができるようになって、これを快挙といわずになんと言おうです。
中公文庫では代表作「鯨神」が書名となっていますが、今回の新潮文庫は「姫
君を喰う話」という作品のほうを書名にして、これまでと差別化しています。
宇能さんの小説は、もうすこし早くに読んでいても不思議ではなかったのです
が、これまでこの場では平松洋子さんの「野蛮な読書」を読んだ時に話題として
おりました。
この新潮文庫の解説は篠田節子さんでありまして、男たちは宇能さんの官能小
説にぞっこんとなっているときに、女性の読み巧者たちは、宇能さんの作品を
きちんと評価できていたことになりです。
こういうことがわかるようになるまで、ずいぶんと時間がかかることでありま
すね。