二百年も遅く

 中村真一郎さんの「木村兼葭堂のサロン」の最後のページまで、なんとかたどり
ついて、もうすこしこれを手元において余韻を楽しみたいと思いました。しかし残念
なこと返却期間が数日過ぎていますし、さらに借りだし期間の延長をするというのは
ちょっと顰蹙ものであると思ったものですから、これはあきらめて返すしかありませ
ん。
 「二百年も遅く」というのは、この本を読んで感じたことでありまして、もともと
清岡卓行さんの「詩礼伝家」にある「千年も遅く」によっています。

詩礼伝家 (講談社文芸文庫)

詩礼伝家 (講談社文芸文庫)

 中村真一郎さんも旧制高校で、その教えを受けたのではないかと思われる阿藤伯海
さんについて書かれたのが「詩礼伝家」でありますが、阿藤さんは、昭和の漢詩人と
して著名であったかたです。東京での大学教員を終えてから故郷に退隠されたところ
に、故郷で吉備真備公の旧跡に碑をたてるということになり、その碑文を依頼された
阿藤さんが作られた漢詩が、清岡さんによって紹介されています。とっても難しい
ものでありますので、「詩礼伝家」から引用をします。
「 我レ生ルルコト千歳モ晩シ。
  涙ヲ掩ヒテ蒼岑ニ對ス。 
  
  ああ、私は、千年も遅く生れてきたのだ。
  涙をおおいながら、蒼い峯を眺めるのである。」
 中村さんも大阪市西区堀江の「兼葭堂旧跡」に立って、「我レ生ルルコト二百歳モ
遅シ」と涙されたのでしょうか。