鉄筆文庫 2

 「鉄筆と聞いて、何をイメージするか」であります。
 鉄という文字がつく熟語というのは、鉄道、鉄塔、鉄橋なんてところが思いうかび
ました。本当は、鉄拳というかわった芸人さんを一番最初に思いうかべたりしたので
すが、鉄拳とか、鉄人いうのは、素材としての鉄とは関係がありません。
 鉄筆はどうかといえば、これは文字を刻する道具でありまして、ペン先にあたると
ころが錐のようになっているものでありました。謄写版ガリ版のこと)印刷で、
つかわれるろう引き原紙に、文字をしるすときにつかうです。
 当方が学生のころまで、印刷といえばガリ版でありまして、ガリ切り名人は立派な
職業となったものです。学生運動などのビラは例外なくガリ版印刷で、どのグループ
も、独自の書体を生み出したもので、ガリ版こそ「小さなメディア」の代表的な存在
です。ガリ版印刷に必要なのは、まずは原紙に、やすりに鉄筆でありまして、それで
もって版をつくり、その版を木枠にスクリーンをはったところに挟め、インクをつけ
たローラーでおしていけば、下におかれた紙にインクがとおるということになりです。
 先日に届いた「図書」に掲載の津村節子さんの「果てなき便り」には、次のような
くだりがありました。
「いつ、誰の目に触れるかわからない雑誌に、乏しい同人費を集めてガリ版刷りで
小説を発表していた。ガリ版刷りでは読んで貰えないと、活版にするのにどのくらい
苦労したことか。」
 これは昭和30(1955)年頃のことのようです。ここではガリ版刷りで同人誌を作る
とありますが、これは専門の印刷やさんへとだしていたものと思われます。
ガリ版印刷の最初は、鉄筆をつかっての版作りとなりますが、その昔の小さなメディ
アというのは、熱意に支えられていたということがわかります。