1914年夏 

 先日にラジオを聞いていましたら、ちょうどその100年前にサラエボオーストリア
の皇太子夫妻がセルビアの青年に暗殺されたといっていました。この事件が引き金と
なって第一次世界大戦が勃発しました。事件は1914年6月28日のことです。
 世界規模の戦争というのは、このあともっと大規模に起こるのですが、両大戦の
間隔は30年ほどでありますから、先の大戦が終わってからずいぶんとたつのに世界
規模での戦争が回避されているというのは、それなりに先の大戦で敵役となった敗戦
国家が学習したということでしょう。
 この時点で、ドイツ、イタリアが戦争をしかけるとは思われませんが、極東の島国
だけは隣国の目を覚ました獅子の挑発にのってあぶないあぶないであります。
 それはさて、「1914年夏」といえば「チボー家の人々」のハイライトでありますね。
当方は、この作品を40年ほど前に白水社の「黄色い本」で読みましたが、なかなか
読み返す機会がありません。

チボー家の人々 (1) (白水Uブックス (38))

チボー家の人々 (1) (白水Uブックス (38))

 こちらはいま流通しているUブックス本ですが、「チボー家」の第七部が、何分冊に
収録されているのかわかっておりませんので、一冊目を紹介です。
「1914年夏」で記憶に残っているのは、飛行機に乗り込んで戦場へといくところと、
毒ガスにやられるところであります。ひどく不確かなことでありますが、何百ページも
読んでいて、これしか記憶に残っていないか、なさけないこと。
 セルビアというと、オシムの国であります。今回のブラジルW杯に初めて出場したこと
で話題となりましたが、この国のユーゴスラビア解体後の歩みの大変さは、100年前の
事件とも通じるものがあります。
 100年前のオーストリアというのは、今のオーストリアではなく、ハプスブルグ家が
支配していたオーストリア・ハンガリー帝国であります。
 この帝国のテーマソングとなっているのが「ラディツキー行進曲」でありました。
ウィーンフィルがアンコールで演奏することで良く知られていますが、ウィーンは、
帝国の首都で、ウィーンフィル国立劇場交響楽団でありますからして、歴史に
忠実であるのでした。

 そういえば、この行進曲をタイトルにした小説もありました。
ラデツキー行進曲

ラデツキー行進曲