しんとく問答 3

 後藤明生さんの「しんとく問答」は、大阪連作集で8つの短編が収録されています
が、興味深いのは「俊徳道」「贋俊徳道名所図絵」「しんとく問答」という巻末に
おかれた三作であります。
 「俊徳道」というのは、今は近鉄の駅名に残っているのでありますが、もともとは
「旧街道(俊徳道→俊徳街道十三街道)」のことなのだそうです。この旧街道につい
ては、河内の歴史に詳しい方であればご存知であるかもしれませんが、ほとんどの方
は俊徳道といわれてもちんぷんでしょう。
 謡曲とか説教節というジャンルにくわしい方でありましたら、説教節「信徳丸」や
謡曲「弱法師」のシテである俊徳丸を思い浮かべるかもしれません。
 小説「俊徳道」は、大学の縁によって日々電車で通ることになった俊徳道を、歩い
て大阪の目的地にたどりつこうという物語であります。
そんなわけで、後藤さんは謡曲とか説教節について調べ、土地の歴史を学ぶことに
なります。
 俊徳道とは東大阪市にあるのですが、参考としたのは「布施市史」であります。
合併によって東大阪と呼び名をかえたのでありますが、布施は東大阪市の中核となる
まちであります。
後藤さんは、「布施市史」より引用をしています。
俊徳街道は、現在の菱屋西で十三街道から分岐し、西行して天王寺に至る菱屋西ー
国分線のことをいうが、伝説によれば、これは右の俊徳丸が高安の里から舞楽修業の
ために天王寺遠山式部の許へと通った際、往来の便をはかって開かれたものと伝えら
れている。」
 ということで、後藤さんはこの街道を自分なりに地図で確認して歩くことという
作業に着手するわけです。