小説家になる! 3

 中条省平さんによりますと、小説を書くとき絶対やっていけないのは横書きとあり
ましたが、これに挑戦した作家の前例として、石黒達昌さんという方があがっていま
す。たしかこの作家さんは、お医者さんでいろいろと仕掛けのある作品を発表してい
たはずです。(そういえば、この方は北海道出身となっていました。どのくらいまで
北海道でお暮らしであったのでしょう。)
 この方にあっては、作品を横書きで発表するにあたっては、横書きとするにふさわ
しい理由をつけているのですが、最近の芥川賞作品には、そうした理由もないようで
あります。
 昨日に言及したなだいなださんの「横書き小説の意味」は、率直に疑問を呈してい
ます。
「なぜ横書きなのか。わざわざ読みにくくするためか。横書きの欧米語をそのまま引用
するには横書きがいい。だから科学論文は、むしろそのために横書きが主になってい
る。しかし、「abさんご」には文中にはめ込んだそのような引用もない。aとb以外に
横書きを必要とするものもない。とすると日本語を横書きにしてなにか、文学表現上
得るものがあるのか。あるのだろう。だが、この作品によっては納得させられなかっ
た。」
 このあと、なだいなださんは、この作品を評価する選者たちに、自分にもわかる
ようにこの作品の良さを説明してもらいたいと続けています。
 最近手にしている本には、次のようなくだりがありました。
「すべての本は言葉からできあがっていて、すべての言葉はなにかを意味します。その
意味をとらえて、意味相互のあいだの関係を理解することが、本を読む法、つまり本を
よくわかることでしょう。読むこととわかることは切り離せません。」
 これの前には「新しい絵(抽象絵画)はわかる必要のないものです。」とおかれて
います。それでいきますと「新しい小説はわかる必要のないものです。」ともいえる
のでしょうか。(もちろん、そんなことはないでしょう。)
「私たちのために書かれた文章が私たちにとってあまりにむずかしいならば、その
文章は文学といえないでしょう。読む必要はありません。」
 最近手にしている本は、加藤周一さんの「読書術」でありまして、加藤さんも横書
き小説に意味を見いだすとは思えないことです。