休みの日は小説を 4

 丸谷才一さんの「今は何時ですか?」のことを話題にしておりますが、この作品を
当方が好んでおりますのは短編小説でしかけがいろいろとあって、何度読んでも楽しい
ということよりも、この作中作となる「弔いのための小説」の舞台として当方がなじん
だ土地が使われているからであります。
 丸谷さんの作中人物で旅をするというと「笹まくら」の主人公でありますが、この
主人公は、徴兵を逃れるために流浪するのであります。この旅において、北海道には
はいったのかな。ほとんど記憶に残っておりませんでした。気になったのをきっかけ
にちょっと調べてみますと、次のくだりが眼にはいりました。
「彼は写真の右下にある北海道の略図に見入り、十七年の夏、函館をふりだしにずっと
周ったときに、稚内までは足を伸ばさなかったことを惜しんだ。二十年以上前の夏の
景色がゆらめいた。函館の森屋デパートは緑いろで丈が高く、札幌の広い道路に面した
平家の前ではポプラの裏葉が紙のように白く、紙のような音を響かせている。なぜ稚内
へゆかなかったのだろう?せっかく旭川まで行ったのに。そうだ、思い出した。旭川
八月の暑さにげんなりしていた矢さき、記事がなくて困っている土地の新聞に写真を
出されて、(あのころの地方新聞の常で、じつに朦朧とした印刷だからいいようなもの
の)、大事をとって内地へ帰ることにしたのだ。思い出のなかの北方の夏は、旭川
日の光さえも、優しく感じられた。」
 丸谷さんでありますから、この何行かを書くためにも取材旅行はされたのでありま
しょう。これを読む限りでは、函館から旭川までは踏破したようです。