休みの日は小説を 3

 丸谷才一さんの小説「今は何時ですか?」の主人公は、浜谷百合子さんという
直木賞を受けた作家。どちらかというと歴史に題材をとった作品を発表しています。
この小説家に講演の依頼にきた記念事業のプロデューサーと恋仲になるのですが、
このプロデューサーは、主人公の作品のうまく読み込んでいて、主人公が喜ぶ批評
を展開するのでありました。この気の利いたコメントのために、関係が長く続いた
ようです。
 この男性が不意に姿を消してしまうというのが、これの前半であります。
5年も行方不明となって、これは亡くなったとしか思えないということになり、次の
くだりとなります。
「さう言へば自分は進藤を弔ふため何もしなかったことに気がついた。彼の妻は、
きっともうすぐ姿を見せると言ひ張って葬儀を拒み続けたし、もちろんもちろん
周囲の者がそれに反対することはできない。それゆえ百合子が香も花も手向けない
まま歳月は流れた。本当にむごいことをしたと、夜ふけ、昔の男にしみじみと
詫びてから、供養のために何かしようと彼女は思ひたったのだが、この場合、
一番ふさわしいのはどうやら小説を書くことらしいし、あるいは、それ以外には
ない。ちょうど、新入社員のころ彼女の担当だった編集者が文藝雑誌の編集長に
なって、短編小説を一つほしいといってきてゐるから、それを一枝の花として
供しようと思った。」
 ということで、かっての愛人のために小説をささげるのでありますが、その作品
のタイトルが「今は何時ですか?」となります。
「一週間ほどで新しい構想が浮ぶ。てこづったのは題をどうするかで、十ばかり
考へたがみな気に入らないし、しかも題が決まらないと書き出せないたちである。
当惑したあげく、以前に何かで読んだ笑ひ話を思ひ出し、そのなかの『今は何時
ですか?」といふ台詞を使ふことにした。もちろんこれだけでは意味不明だから、
笑ひ話をエピグラフにして飾る。エピグラフつきといふのはもともと嫌ひで、
やったことがないけれど、今回は純文学だから特別といふことにする。」
 エピグラフは、もちろん昨日に引用したものであります。
 この弔いのための小説が、後半ということになりますが、これまであちこちに
寄り道しつつ仕込んできた伏線が、この小説のなかで展開されることになります。