小沢信男著作 201

 全句集「んの字」に寄せた多田道太郎さんの跋文には、次のようにあります。
「『膝』とか、『足の裏』とか、からだの妙なところが気になる方なんですね。」
「『うなじ』も『膝』も可憐な女それとも女の子の『涼しい』色気なんですね。
暑苦しいのは嫌い。暑苦しいのは経済とか社会とか。」
「小沢さんは暑苦しいのはお嫌と推察しましたが、夏でお好きなのがどういう
わけか梅雨。」
「戦争体験でさえも『涼しい』のが一番。」
 多田さんは、小沢信男さんは「暑苦しいのは嫌」そうであるといってますが、
これは、「経済とか社会」だけでなく、人間関係においても、そのように思え
ますね。
「梅雨」というのは、暑くなってきたところに湿気が多く、不快指数が高くなる
のですから、嫌いなのかと思いましたら、この季節に代表作が残されています。
 多田道太郎さんには、週刊新潮に「句歌歳時記」というのを連載していました
が、これをまとめたものが「おひるね歳時記」(筑摩書房1993年12月刊)です。
 ここの「梅雨」のところに、小沢さんの句がならんで掲載されています。
「  花びらも香も吐息も梅雨の中
 景色も匂いも人の気分も、すべて梅雨にひたされている。共感覚(シネステ
ジー)を季節感のなかにおいた現代の句。溜め息、吐く息がいいんだなあ。
春愁という溜め息をどっと吐いているのが『梅雨』というものか。
   学成らずもんじゃ焼いてる梅雨の路地
 『学もし成らずんば』などと意気込んでいたむかしは遠い。子供相手のケチな
食べものを焼いている路地の風景の中に老人は自分を置いてみる。関東では『
もんじゃ焼』関西では『たこ焼』に『学成らず』の若い女の子がむらがっている。
『学成らず』の老若風景である。」
「学ならず」の句は、小沢さんの句では一番有名なものでありまして、「んの字」
の跋でも、多田さんは、これを取り上げています。
「もうこれで決まり、と早々と思ったのは八十五、六年のころ。何が決まりなの
かよくわかりませんが。・・・とにかくぼくは『学成らず』の上五にぐさりと
さされっぱなしなんです。もういいかげんガクへのみれんは捨てて」
 いくつになっても、インテリは「学成らず」にぐさりとくるようです。
当方などは早々に「学なりがたし」とあきらめていますので、取引先などを接待
してもんじゃを焼いている(接待でもんじゃかよですが、そういうのもありで
しょうなどといいながらの)自分のことを、思い浮かべてしまいました。