小沢信男著作 107

 名古屋豆本「東京百景」は、俳句としりとり唄と「いまむかし東京逍遥」に収録された
散文からなります。
小沢さんがおまけといっている「しりとり唄四篇」は、その後も日の目をみることがなし
ではないでしょうか。
 となると、この「名古屋豆本」では、この「しりとり唄」が一番の珍品であるかもしれ
ません。(一晩たってから、これの一部は「あほうどりの唄」の冒頭に収録されたもので
あると気がつきました。その時は、1、2と表示されて、夏と秋のみが掲載さていま
した。「詩学」が初出です。)
「しりとり唄」というのですから、しかけがあるのですね。四篇となっていますが、
これは「夏、秋、冬、春」にちなんだ四篇です。

 1 夏
 かなかな蝉は天の鈴
 すずしき瞳は矢のごとく
 疾く射られたる恋やつれ
 つれなき君とおもいきや
 着痩せたまえる柔肌は
 たわわにまろき乳房熟れ
 愁いなきにも似たるかな
 
 2 秋
 灯ともしごろのせつなさは
 爽やかに鳴る秋の笛
 ふえる白髪の鬢の霜
 詩も書かざりし幾年の
 渡世の小路裏通り
 折ふし雁のわたりつつ
 恙ないかや遠いかのひと

 3 冬
 雪ぞふるこのステイション
 小便のはずむ寒さよ 
 小夜ふけて叫ぶ汽笛よ
 今日すぎて明日はまだこぬ
 今生の闇にわが居て
 凍てつけるホール彷徨う
 酔うが如と行きこう行き
 
 4 春
 うつせみの世に棲み飽かず
 かずかずの恋もせしかな
 愛しやなおみなごのほと
 ほとばしる春の泉や
 身やすでに五十路と老ゆれ
 揺れやまぬ夜半の迷いの
 命の緒ひたと脈うつ

 夏ではじまり春で終わるのですが、この春というのが、けっこうエロチックでは
ありませんか。