小沢信男著作 80

 「ちちははの記」は、若い頃には否定することが当然であると思い、また乗り越える
ことができたと思われた親とか俗間信仰などのことが、よく考えて見ると自分の骨格の
一部を形成していて、否定すると自分までなくなってしまうということのようです。
 ある時期までは、時代の変化というのは無条件でプラス方向へとむかっていることを
意味していたように思います。当然、そうした世に生きるわれわれも幸せが増していく
ということを疑ってはおりませんでした。高度成長の日本社会というのは、前近代を否定
して、ひたすら米国化することが国家目標のようになってしまいましたが、それに異を
唱えた人も当然にいるわけです。
 「ちちははの記」は79年6月に発表されたものですが、時代はオイルショックには見舞
われたものの、まだまだ成長の可能性を信じることができました。小沢さんは、声低く、
時代の変化イコール良い社会の実現を意味せず、人間も上等になることは意味しないと
いうことをいいたかったのでしょうか。
 ここ数年の日本経済の低迷と、今回の震災による深刻な事態のために、自信を失って
いるのかと思いますが、だからといって、必要以上に悲観的になることもないということ
でもあります。