小沢信男著作 81 書生と車夫の東京

 小沢信男さんは最初の作品集「わが忘れなば」が、発足まもない晶文社から刊行された
せいもあって、晶文社と関わりの深い作家のお一人と思いますが、晶文社からでた著作は
「東京の人へ送る恋文」、そして「いまむかし東京逍遥」の三冊のみです。
 最初の作品集は小野二郎さん、次は津野海太郎さん、そして島崎勉さんが担当編集者と
いうことになります。これ以降において、晶文社から著作がでなくなったのは残念であり
ますが、小沢さんのものが売れないからではないでありましょう。
 次に紹介するのは、「書生と車夫の東京」作品社 86年3月10日刊行 1600円であります。
編集者、増子信一さん。

書生と車夫の東京

書生と車夫の東京



 一見してわかりますが、装丁は田村義也さんです。いかにも手間暇がかかっていまし
て、大手の版元でありましたら、コストがあわないといって敬遠されそうに思います。
このタイトルに、この装丁はぴったしです。装丁を田村さんに依頼するというのは、小沢
さんの意向であるのかと思いましたら、これは版元が依頼したものとのことでした。
 田村義也さんの「のの字ものがたり」朝日新聞社 96年3月刊には、小沢さんのこの作
品と、これに続く「東京百景」の二冊(どちらも装丁は田村さん)が取り上げられていま
す。
「 江戸っ子小沢信男氏の凝ったエッセイ集。おもしろく、また時代をあらわす的確な
書名である。
 小沢さんは、坪内逍遙の『当世書生気質』(明治十八年)の冒頭の東京の風景描写の一
節『中にも別て数多きは、人力車夫と学生なり』 から表題をえらんだのである。・・・
 原画は『東京名所之図 銀座通煉瓦造鉄道馬車往復図』(錦絵・幕末明治の歴史6)と
いう大きな絵なのだが、そのなかの三十分の一ぐらいの部分を拡大して描き直し、表情を
つけたのである。
 この錦絵をコピーで拡大すると、強烈な色がついているので、ほとんど真っ黒になって
しまう。だから、そのカタチをもらうことにして、トレペの上をなぞって線描きにして
いく作業を続けた。
 黒いシルクハットをかぶり口髭をピンと立て、官員さま然とした男が、赤い毛布を前に
かけてふんぞり返っている。後押ししている車ひきは交替要員としての二人びきか?
 学生は、絵の中にいなかったので宗匠頭巾をかぶっている人物の頭をザンギリ頭に変え
て若々しくした。肩のところに娘が寄り添っているから、この学生をかなり軟派にして
しまった。背景はガス燈、銀座煉瓦街の建物。
 カバー、表紙、扉ともすべてシマメの紙とし、栗田印刷の活版で、すっきりした仕上げ
をねらった。
 本が出来上がると、小沢さんが編集者と共にウィスキーをさげ、以前から読みたかった
『小説・昭和十一年』をもって、わが家に挨拶にみえて歓談した。装丁をよろこんでくだ
さると、苦労が報いられてやはりうれしい。 」