小沢信男著作 26

昨日に引用した小沢信男さんの「小さな楽屋より」のなかに、「私としては、十四年も
かけてたった一つのことをせいぜい二通りぐらいにしか書いていない。」とありました
が、この「たった一つのこと」とは、次のようなことだとあります。
「それは『こんな男が生きてきました。生きております。生きてゆきたい。生きてい
たっていいはずだ』という、なんともハヤ情けない呟きであるらしいのです。」
 小沢さんは「なんともハヤ情けない呟き」といっていますが、読者である当方は、それ
ほど「情けない呟き」とは思えないのであります。小沢さんは、作品のどこかに自分を埋
めこんでいるのでしょうが、私小説のようなスタイルをとった作品であっても、作中人物
と作者は、似て非なるものであるように思います。
 この作品集「若きマチュウの悩み」でありましたら、「有終の美」「三十八度日記」な
どは、私小説のような枠組みとなりますが、きまじめな私小説作家でありましたら、「ふ
ざけちゃいかん、小説はもっと真摯に」といいそうなおちゃらかしに満ちています。
 「たった一つのこと」というのはわかりましたが、「せいぜい二通りぐらい」というの
は、どうやら謙遜が過ぎているように思います。