ブロンテ 実生活の視点 3

 小野二郎さんの「紅茶を受皿で」に収録のイギリス料理に関する文章のタイトルは
「ビートン夫人の料理術」というものです。
 小野さんは、次のように紹介しています。
「だが、ビートン夫人というのは誰だろう。日本でいえばE女史とかK女史とかいうよう
な現存する人だと漠然と考えていた。・・この名を知らないとは、迂闊だった。
ヴィクトリア朝の女性で、今日ヴィクトリア女王につぐ位有名な人物であるということが
おいおいわかってきた。
 何がかくも彼女の名を有名ならしめたのであろうか。それは彼女が書いた一冊の本、
"Book of Household Management"(1861)によるものである。これはいわば近代家政
学の祖ともいうべきものらしく、その道の人たちにはよく知られているのであろう。」
 「その道の人たち」といわれていますが、「ブロンテと芸術」にある宇田和子さんに
よる「ブロンテと料理」という論文は、「ブロンテ家の料理状況を芸術の視点で考察
しようとする」ものですが、このなかでビートン夫人の料理本に言及しています。
「ミセス・ビートンが原稿を書き始めた動機は、結婚してみて家事の基本を知らないこと
に気が付いて、学ぼうとした。ところが教えてくれる書籍が無い。それなら自分で書いて
みよう、というものだった。だが、ビートン夫人は料理書を書くだけの学びを有していた。
結婚する前、つまりエプソン競馬場の豊かな支配人の娘の時代、ハイデルベルグにある
決して花嫁学校ではない寄宿学校で教育されたからである。その学校で彼女は、フランス
語とドイツ語に堪能となり、ピアノでは傑出した腕前となり、そして製菓を身につけたの
であった。」
 十九世紀英国の良家の娘にとって食事をつくるというのは、役割ではなかったのです
ね。ドイツに留学してお菓子作りだけは学んだというのですから、ビートン夫人の料理書
というのは、実用的な図書としても階級社会の存在を前提としてのもののようです。
 前の引用に引き続き宇田和子さんの文章から引用。
「イギリスでのビートン夫人の書籍は、執筆動機、書籍の目的、彼女の経歴、時代状況が
混交した結果、実用を詳しく説き、その上社交を意識して装飾性が強く、中流家庭の主婦
が自分の家の富と地位を誇示するための書となっている。」