アリスとうさぎ

 今年はウサギ年ということで、ウサギにこだわりをもっている矢川澄子さんの
文章を紹介したことがありますが、これに引き寄せられたように、アリスのウサギ
に言及した作品を手にしておりました。
 まずは、「虚無への供物」であります。ノックスの「探偵小説十戒」は、この作品
に紹介されて知るにいたりましたが、「アリス」の不思議な味わいについても、
「虚無への供物」で知った人が多かったのではないでしょうか。
70年代初頭には、アリスについての本がずいぶんと刊行されました。
「虚無への供物」での印象的な会話から。
「 ほら『鏡の国のアリス』って有名な童話があるでしょう?
 あれに、『不思議の国』の気違い帽子屋(マッド・ハッタ−)と三月兎(マーチ・
ヘアー)が、今度はハッタとヘイアという王様の使者になって出てくるけど、その
ハッタのほうが、罪を犯す前に牢屋へ入ってるじゃないの。・・・・」
 この作中人物に八田さんという人がいるのですが、この八田さんは、帽子屋さんの
ハッタ−とかぶることになります。
「ぼくたちもこないだ”気違いお茶会”をひらいたんだけど、・・・でもやっぱり
 帽子屋の役は八田さんにやらせるんだったね。」
 このあとに、このくだりの説明文が続きます。
「二人のいうことは何の話だが、・・さっぱり判らないが、きいてみると”気違い
 帽子屋”というのは、いつもバタつきパンとティカップを持ち、売物の大きな帽子を
 かぶって歩いている、それが、売家と一緒に引越して廻っている晄吉にそっくりだし、
 名前も同じハッタなのだから、気違いお茶会には当然彼に出て貰うべきだったのだと
 いうのだ。」  
 この作品が発表されたのは、64(昭和39)年でありますから、このようなアリスを
下敷きにしたやりとりというのは、相当に進んでいる話でありました。
 本日読んでおりました小説にも、これを下敷きにした一行がありました。
「 犯人が何者であろうと、今では彼は失うものが多すぎる。
 ”いかれた帽子屋(マッド・ハッター)”。わたしはその単語をなぜか思いついた。」
 この一行があったのは、次の作品でありました。

愛書家の死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-10)

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