長谷川りん二郎展 4

 長谷川潾二郎さんの作品で一番有名なのは「猫」と題されたもので、それは岩崎
美術社からでた作品集の表紙を飾り、そして今回の図録の表紙にもつかわれています。
 長谷川潾二郎さんの作品は、描かれた対象との間にちょっと距離のあるようなもの
が多いのですが、そうしたなかにあって、「猫」だけは対象への愛情を感じるのであり
ました。それが、世の猫好きにもファンをひろげている理由でありましょう。
「薄塗りでグレーとエンジに塗られたキャンバスの布目が透ける背景に、幸福そうに
満ち足りた寝顔と肢体で、まるで、何かとても気持ちの良い夢を見てうっすらとした
微笑みを浮かべているかのように、なんとも愛らしい様子で眠っている黒トラ柄の猫の
絵を描いた画家 長谷川潾二郎のころを知ったのは、詩人の吉岡実が、それを<猫の
絵の傑作>と言って教えてくれたからなのだ。」 
 このように書いているのは、猫好きの作家 金井美恵子さんでありまして、「切り
抜き美術館・スクラップギャラリー」という著書の冒頭におかれた「静かな家の猫たち」
と題された文章の書き出しであります。

スクラップ・ギャラリー 切りぬき美術館

スクラップ・ギャラリー 切りぬき美術館

「一枚の繪」という美術愛好家(コレクター?)向けの雑誌に連載されたものですが、
この文章が掲載された号を書店で立ち見して、にんまりとしたことを覚えております。
02年4月号であったようです。
 この文章のタイトルに「猫たち」とあるように、もう一枚の「猫」の絵である「毛糸
と猫」についても言及されています。
「 灰色のビロードのクッションに前肢と後肢を伸して長々と寝そべっている白と黒の
ブチ柄の成猫になるちょっと手前の、生後五、六カ月くらいの猫・・やや眼を細めて
何かをみているような猫は、毛糸玉にじゃれついて遊ぶのにあきたか、それとも、
これから、毛糸玉に跳びついて遊ぼうとしているのだろうか。」
 猫好きの人は、このクッションに横になっている絵から、「生後五、六カ月」という
ことを感じるのでありますね。
「 何年もかけて描かれたらしい柔らかくすべすべした毛皮や独特の形態を持つ『猫性』
が、永遠のものとして飼主であり描き手の画家の愛情に包まれた『太郎』の微笑むかの
ような寝顔も『明るい均等の光線』に包まれているのだが、忘我のひんやりとした光の
空間で、放心したような白黒のブチ猫のいる室内と、その外に広がる曇り日の、奇妙な
忘我の瞬間に鼻の奥に流れる空気を吸い込むようなこの空間は、いったい、本当はどこ
に存在しているのだろう。」
 「明るい均等の光線」は長谷川潾二郎さんが「私にとって一番大切なもの」といって
いるものでありまして、金井美恵子さんの文章も、これをキーにして書かれたもので
ありました。