薔薇と不動2

 得に植物愛好家でもないのに「青いバラ」なんてのを知っているのは、中井英夫さん
のおかげであります。三一書房からでた「中井英夫作品集」で「虚無への供物」を
読んでから中井英夫さんの作品は気になる存在になっていました。中井さんの薔薇への
おもいをまとめたのが手軽な新書ででましたので、それを早速に購入をしたのでした。
75年5月に平凡社カラー新書の一冊でありました。
 カラー写真がたくさんはいったものでありますから、なかなか復刊ができずであり
ましたが、2000年に創元ライブラリー版「中井英夫全集 第11巻」として復活しま
した。(文庫版としては破格の値段で300ページ弱で1900円)

中井英夫全集〈11〉薔薇幻視 (創元ライブラリ)

中井英夫全集〈11〉薔薇幻視 (創元ライブラリ)

 そもそも、この本を刊行した当時に住んでいたところに、薔薇にちなんだ名をつけて
います。
「74年から私は自分の棲処をひそかに流薔園(るそうえん)と名付けた。それは流刑
された薔薇の地の謂いで、それまでの家を黒鳥館と称していたのに対応する。
 「薔薇幻視」の冒頭には、次の文章がおかれています。
「 地上の薔薇はいかにも美しいが、世の薔薇作り薔薇愛好家がもっぱら外側にだけ
心を奪われて、内部の、もうひとつの薔薇の美を探ろうとしないのが私には不満で
あった。かって桜の樹の下には屍体が埋まっていたように、薔薇の内部にはなお
いっそう神秘な何物かが、ひそんでいはしないか。『薔薇幻視』は、いわば新しい
旅への誘いである。」
 中井さんの「薔薇」は現実に存在する花ではありませんです。
「 ここに書こうとする薔薇は実在の薔薇ではない。それはいわば虚の薔薇、不在の
薔薇であって、人によってはとりとめもない幻影のたぐいとしか思われぬことだろう」
 そうして、青いバラについてです。
「この昭和30年というとしが意味深いのは、マレディを始め、メイヤン、コルデスと
いう英・仏・独の三大バラ作りの大家が競って前年に青いバラを発表し、あたかも戦前
のクリムソン・グロリーに象徴される赤の時代、そして戦後のピースを中心とする黄の
時代に続いた、いまにも次の輝かしい青の時代が到来するような錯覚を、ひととき皆が
持ち得たことであろう。」
 品種改良によって青いバラを生み出したと宣言した人がいたのですが、結局のところ
それは認知されなかったのです。
「私らの前にあるのは、まだ当分はイン・ヴィトロ(試験管内)の青にすぎない。
しかし二十一世紀に、もし輝かしい生きた青のバラを目の当たりにする幸せな人びとが
いるというなら、こうした碩学のひとりひとりを、そしてその周りで勝手な夢想に
耽っていた無数の人間たちを、チラとでも思い返して欲しいものだ。」
 創元版全集の「薔薇幻視」には、森真沙子さんという方が解説を寄せています。
「 ちなみに著者が憧れ、夢み、想像の触手をさしのべていたのは、神秘の青い薔薇で
あった。それはまだみたことのない、今世紀中には開発不可能といわれる幻想の薔薇で
ある。
 薔薇辞典を調べてみると、ブルームーンという菫色の薔薇は、載っているが、著者が
夢みたような真っ青な薔薇はこの世紀末の現在、未だ誕生していない。
 専門家の話しでは、新しい品種を創りだすバイオ技術の開発をめぐっての薔薇戦争
激しく、近年、熾烈な競争が繰り広げられてきたという。そしてついに薔薇に深い青み
をだすのに必要な遺伝子のクーロン化に、サントリーが成功し、二年前の7月に学会で
報告されたというのが最新情報である。」