本日の花 2

 中井英夫さんのバラというのは、どこまでいっても現実のバラの話とはなりません。
「薔薇幻視」でありますからして、バラは薔薇でなくてはいけません。
 「薔薇幻視」の書き出しは、次のとおりです。
「ここに書こうとする薔薇は実在の薔薇ではない。それはいわば虚の薔薇、不在の薔薇
であって、人によってはとりとめない幻影のたぐいとしか思われぬことだろう。・・
私の内部にはいわば地下の暗黒に向かって伸びる虚の薔薇がいつ知らず蔓り、それは暗
い輝きに充ちて咲き継いでいる。その地下の薔薇園にひとときご案内しようというのが
本書の意図である。」
 このように書いている中井さんは、「自分の棲処をひそかに流薔園(るそうえん)と
名付けた。それは流刑された薔薇の地の謂で、それまでの家を黒鳥館と称していたのに
対応する。」と続けます。
 この本のあとがきでは、「東京には京成バラ園の鈴木省三氏に選んでいただいた数十本
が植え込んであるけれども」とありますので、現実のバラも育てていたようでもありま
すが、現実のバラは作品の主題にはなりませんでした。
 京成バラ園の鈴木省三氏という方は、伝説の園芸家でありますが、中井さんのために
どのような現実のバラを選んだのでありましょう。
 2012年〜13年にかけての「京成バラ園」のカタログにある、文学とかかわりのありそ
うなバラの名前をチェックしてみます。
「ビクトル ユーゴ」 これの解説には「濃紅の見事な巨大輪を咲かせます。花付きが良
く、栽培しやすい品種です。19世紀のフランスの文豪に因んで名付けられました。」と
ありますので、まさにぴったりです。
伊豆の踊子」これにはフランス名は「カルトドール」とありますので、「伊豆の踊子
といっているのは、日本だけのようです。
「オマル ハイヤーム」これは花の説明だけで、名前の由来はかかれておりません。
そして「ユリイカ」です。これの名前の由来としてはアルキメディスによるとあるので
すが、「ユリイカ」は文学のかかわりのほうがバラには似合うと思いませんか。