菖蒲忌 野呂邦暢3

 昨日に引き続きで佐藤正午さんが書くところの野呂邦暢さんについてのものからで
あります。
「 1977年のある日、僕は学生として暮らしていた札幌の書店で、刊行された
ばかりの『諫早菖蒲日記』を手に取った。そのときはまだ野呂邦暢諫早在住の作家で
あることも、・・・書くきっかけになったことも、むろん一切知らなかった。
 翌日の朝、『諫早菖蒲日記』を徹夜で読み終えた僕が唯一知り得たのは、小説を
読む幸福ということだった。たった一夜の幸福に酔うために酒を飲む若者もいれば、
本を読む若者もいる。だから僕が『諫早菖蒲日記』の次に求めたのは、それを書いた
作家の経歴ではなくその作品の生まれた経緯でもない。同じ作家による別の作品で
ある。」
 この文章は、中野章子さんの「彷徨と回帰」という著作についてのコメントである
のですが、発表されたのは西日本新聞紙上でありまして、この西日本新聞は、「彷徨と
回帰」の版元でもあります。
 佐藤正午さんは、野呂邦暢の作品がとても好きなせいもありまして、とにかく野呂
さんの作品を読んでみてほしいと訴えています。普通でありましたら、もうすこし
「彷徨と回帰」についての紹介があってもいいようにも思えるくらいの辛口となって
います。
「『彷徨と回帰』に限らず、どのような評論にもその作家への入門書という側面は
あるに違いないけれど、小説の読者はけっしてそこからは入らない。作家への門は
一つ、その作家が書いた小説だけだ。
 そういう意味で「『彷徨と回帰』の巻末に記載されている野呂邦暢の単行本未収録
作品リストは見逃すわけにはいかない。読者のための門がこんなにも閉ざされている、
一日も早く出版されるべきだ、とおそらく著者は主張しているのだろう。まったく
その通りだと僕も声を揃えたい。」
 このように書かれてはいるのでありますが、野呂邦暢さんの単行本未収録作品を
まとめたものは、いまだにでておりません。