大きなお世話だ

 金井美恵子さんといえば10代のときにデビューして、すでに藝歴も40年を
こしたところであります。持ち味は、意地の悪いコメントと、小気味いいたんかで
ありますが、最近は、すこし眼の調子が悪いとかで弱気というか、舌鋒が鈍って
いるように感じます。
 朝日新聞社からでている「一冊の本」に連載の「目白雑録」の3月号には、次の
ような記述があります。
「 小説を、それでもまだ書こうと考えている六十歳になった人間は、というと、
問題が高級的に抽象化されるから、年をとった女性は、どのように生きることが
できるのだろうか。
 長い間タバコを吸ってきたせいもあって、気管支喘息という新たに加わった病気
ともつきあうことになり、別にウツ状態というわけではないけれど、咳き込みながら
入沢康夫の新詩集『かりのそらね』を読む。・・・
 昨年五月の眼の手術以後、断続的に連載していた小説の続きも、書くための集中力を
持続させる体力と気力がまだもてないのだ。夜中に咳き込みがおさまると今度は
気管支が、遠くから響いて来る、メロディを欠いた息苦しいリズムの微かなバグパイプ
ような音をたてはじめたりするとき・・・」

 ずいぶんと元気のないことでありまして、本当に気になることであります。ここに
引用した文章が、86年に「売れようと売れまいと大きなお世話だ」というタイトルで
文章を発表した人と同じ手によっているとは信じられません。
「 精神衛生のためには、月ごとに売り出される雑誌を読まないほうがいいし、東京に
住まないほうがいいに決まっている。それならば、どこへ住み、何を読むかといえば、
読む本のリストは決まっているものの、どこへ住めばよいのかわからない。
 ようするに『今』という時代から隠棲したくなる理由を、人々はいつの時代でも
それぞれもっているわけで、それは何も近代にはじまったことではないのだが、
十九世紀以来、都市の生活を捨てて地方に住むことを選んだ芸術家や作家のことを
いろいろ思い出したしまうのは・・・都内のマンションとビルの建設ブームにうんざり
しているせいかもしれない。」
 ちなみに「売れようと売れまいと大きなお世話だ」というくだりは、大岡昇平さんが
86年の文芸誌の対談で大江健三郎を相手に発したものですが、文学とか本が売れない
売れないと騒々しく言い立てるジャーナリズムやどんな本が今売れているかをランク付け
予測する書店むけ擬似情報雑誌「ブックランキング」に対してむけられたものです。
 この時の、大岡昇平さんに対して共感して、自分の文章のタイトルにした金井さんは、
まだまだ弱気になるのは早いですよ。