記憶の中で育つ 2

 岩波「図書」3月号にある鶴見俊輔さんの連載コラムで、鶴見さんは小学校の
同級生である中井英夫さんについて「中井は私の中で年とともに大きくなる偉大な
同級生である。」と記しています。
 中井さんが、鶴見さんについて記したものでは「鶴見俊輔著作集」月報に寄せた
文章があるのでした。この文章は、現在では創元ライブラリー版「中井英夫」全集6の
ケンタウロスの嘆き」に「本物の劣等生」というタイトルで収録されています。
鶴見さんの、今回の「図書」3月号に寄せた文章のもとは、創元ライブラリー版
中井英夫全集」第8巻「彼方より」の解説として書かれたものの、エッセンスで
ありました。この「図書」の文章だけでは、どうして「中井英夫」と父親の関係が
悪くなったかわからないのですが、文庫の解説では、それについてもすこしくわしく
かかれているのでした。
「 中井英夫は、私の文章を眼にしても彼なりにかたくなに、父親に対する批判を
かえなかった。父が、彼の母親をすてて、ヨーロッパを、女性をともに旅して歩いた
ことが、末子である彼に母親と一体化させ、父を憎む角度をつくっており、それは
三者である私の紹介した二つの逸話(註 彼の父を称賛する)によって消される
種類のものではなかった。
 日中戦争から大東亜戦争にかけて、中井英夫が彼の少数の友人とともにそだてた
戦争嫌いは、父親がその学殖にもかかわらず戦争にのめりこんでいった日常を唾棄す
べきものとした。・・・
 あの戦争のあいだに、時代に流されないためには、知識と分析では足りず、それを
支えてひとつの思想とする感情が必要である。その役をはたしたのが、中井の父親に
対するかなり不公平な憎しみだった。・・・」
「 小学校の友だちを話題にすると、すでに30年以上たっているにもかかわらず、
彼はそれぞれの個人について、あざやかなイメージをもっていた。おそらくそこには、
戦後に彼が自覚した同性愛の感情が記憶をやきつける上で役割をはたしていただろう。
彼の父親についての私との意見jの交換も、このときなされた。」
  
 中井英夫さんが、鶴見俊輔さんについて記している文章で、一番印象に残るのは、
次のくだりであります。
「それにしても小学生でクラスメート全員に戒名をつけるとは。そのどす黒いユーモアは
それからの歳月を生きるためどれほど必要であったかを重い、わたしは茫々40年の
時間の堆積にあるいは潰され、あるいははみ出した秀才たち劣等生たちの一人ひとりを
なつかしく心に訪ねたのだった。」
 名門に生きるというのは、様々なプレッシャーと戦うということでありましょう。