「言葉と国境」

 先日にテレビを見ておりましたら、鼻の下にひげをたくわえた男性が話をして
いました。毎日新聞の記者で、このような人がいるのですが、このときに画面に
でていたのは、詩人の長田弘さんでありました。ほかの番組でみたいものが
あったからか、長田さんの話を聞くこともなしで、チャンネルをかえたのであり
ました。
 長田さんの読書エッセイはこのみでありまして、本日は、手近にありました
「詩人であること」(岩波同時代ライブラリー)のページを開いてみることに
しました。
 昨日まで話題にしていた「エスペラント」にかんする文章が、この「詩人で
あること」にありましたので、それを話題にします。
「 ポーランドは世界のどの国家にもまして、国境線を絶えず引き直し続けねば
ならなかった国家である。20世紀がはじまったとき、国家としてのポーランド
世界地図になかった。」
 人工の言語「エスペラント」をつくったザメンホフの生まれたビアウィストクと
いう町は、ポーランド人、ユダヤ人、そしてロシア人、ドイツ人の街で、衝突が
たえず繰り返され、排斥と憎しみが街の空気をふくらませていたとあります。
「生まれつき感受性の強い人間は言語の違う不幸の重圧を感じ、それが一つの
家族であるべき人類をばらばらにして、敵対するいくつもの部分にわけている
唯一の、でなければすくなくとも主な原因である。」
 これが国家をもたない言葉をつくる動機となったのでした。

 ザメンホフの生きたポーランドというのは、山口昌男さんが「本の神話学」で
いうところの「20世紀後半の知的起源」でありましょうし、沼野充義さんが
「屋根の上のバイリンガル」でえがく世界の起源でもあるのでした。