「狩月記 文学的断章」

 「文学的断章」というのは、大岡信さんが第二次「ユリイカ」に連載して
いたエッセイです。第二次「ユリイカ」は清水康雄さんを版元に刊行されて
その巻頭近くに、この大岡信さんと由良君美さんの連載がありました。
長谷川四郎さんの連載もありまして、それらは、青土社から単行本となって
送り出されたのです。
 いま考えると、あの時代の「ユリイカ」はずいぶんと充実していた
ように思います。初期は叢書の形式で「文学的断章」はまとまったのですが、
2冊目からは、箱入りのうつくしい造本のものとなりました。
「狩月記」と題されたエッセイ集のあとがきに大岡さんは、次のように書いて
います。(73年9月刊行)
「前著『彩耳記』はユリイカ叢書の一冊として、叢書の規格の版型で刊行したが、
今度の本は、わたしのわがままを通させてもらい、このような形の本となった。
この種の本は、できるだけゆったりとした気分で読んでもらいたいと考えたので、
本の大きさや活字の大きさ、組み方など、素人の私の方から青土社社主清水康雄
さんに強引に自説を押しつけることになった。」
 この時の編集担当は、三浦雅士さんでありました。
 小生は、全部で6冊でた「文学的断章」のなかでは、この「狩月記」というのが、
一番このみです。
 辻まことさんの画文集「山の声」をとりあげてから、冨山房百科文庫(旧版)に
及んでいくところなどは、大岡信の本領発揮と思うのでした。

辻まこと氏の画文集『山の声』は近ごろ読んだ抜群に爽快で滋味のある本で
あった。その感想は太陽に書評の形を借りて書いたから、ここには繰り返さない。
 草津の湯をめぐる挿話がこの本の『風説について』の章で語られている。それを
読んで思い出した別の本の中のある記事がある。やはり草津の湯についてのものだ。
興味をおぼえたので、以下、二つの文章を紹介する。」
 「山の声」はいまでも入手することができそうでありますので、ここでは、もう
一冊のほう、「戦前『富山房百科文庫』の一冊として出た『復軒旅日記』の中に
ある。」ほうにふれましょう。
 まずは、百科文庫についてです。
「戦前、戦後の数多い文庫本や新書類の中で、この冨山房百科文庫は私の好きな
文庫の一つである。刊行された全冊数がどれくらいにのぼったか知らないが、
さほど多くはあるまい。しかし刊行書目の種類が、一種風味のあるばらつきを
みせていて、おや、こんな本がはいっているのか、という快い驚きを誘う例が
多い。最近古本屋で手に入れた森銑三氏の少年むけ伝記『オランダ正月』なども
その一つだが、そういう刊行書目の種類だけでなく、この文庫の装幀や版型、
紙質、活字の組み方に、どこかゆったりおっとりしたところがあって、私は
それが好きなのだ。新書版だが、こういう『てざわり』の点も含めて、いわゆる
味読に堪える本が多い。」